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「おはようございまーす!ルイくん、素晴らしい朝ですね〜!」

 

午前6:30。
目覚まし時計でもなく、シノさんの声でもなく、
俺の安らかな眠りを妨げたのは・・・碧の第一声だった。

元々、早起きするのがとても苦手な俺は、大学の授業にも遅れ気味だ(教授も何も言わないし)。
転校一日目の碧にとっては、学校が始まる時間に俺がまだ寝ている
(とシノさんから聞いたの)のが
、信じられなかったらしい。



当然、俺は超不機嫌で。
碧はそんな俺にお構いなくベットから俺を引きずり出すと、そのまま
朝食を一緒に食べようと
半分寝たままの俺をダイニングまで引きずっていった。


――この強引さ、誰かに似てる・・・。


そんなことを心のどこかで思ったが、眠たいのと、すごい力で引きずられているのとで忘れてしまった。
そして、そのまま俺を滅多に来ない食卓の席に座らせると、
碧はその隣でにこにこしながら、「いただきまーす」と用意された朝ご飯を食べ始める。



「・・・る、類さんがこちらにいらっしゃるのは、珍しいですねぇ。」



シノさんは、俺が碧の所為で不機嫌なのをもちろんお見通しで、
「朝食をお召し上がりになりますか」といつもの調子で丁寧に尋ねてきた。
俺は黙って首を振り、自分の部屋へ戻ろうと立ち上がる。

もともと朝は食べたくないし、食べていないのだ。
碧は、そんな俺を見ながら「おいしいのに・・・」と寂しそうに呟く。



「・・・・・・碧、用意が出来たら呼びに来て。それまで部屋で寝てるから。」



「・・・はい。」

 

さすがに俺の怒りのオーラを感じ取ったのか、
捨てられた子犬みたいに肩を落とすと、碧は朝食をもくもくと食べ続けた。
さっきまでの元気はどこへやら。
俺は何だか自分が悪いことをしたような気がした。


 

 



部屋に戻ると、ごろんとベットの上に転がる。
もう一度寝ようと、目を閉じてまぶたの裏に浮かんだのは、がっかりしていた碧の顔だった。



強引なところは藤堂家の血か、しかも悪気がないから余計に厄介だ。
天然というか、静も碧のような強引さはあった。しかも、引き際も心得ているような強引さだ。
腹は立つ時もあるけど、本当に相手のことを嫌いになるわけじゃなくて。

まるで・・・碧は・・・。

そうか、と俺は一人納得すると目を開けた。


 

―――碧は、子供の頃の静と似ているんだ。

 

昔、静が俺をむっとさせた出来事が1つや2つじゃなかったことを思い出した。
そう考えると、俺はおかしくて笑いがこみ上げてきた。
碧とどう接していいかわからなかったけど、わかったような気がする。

 

 

碧へのイライラがなくなって30分後。
すっかり寝ていた俺を、碧がまた叩き起こすまでは。

 

 

 

 

*******************

 

 

 

「花沢さん、おはようございます!」

「おはようございます!」

 

英徳学園に入ると、知らない奴が挨拶して来るのは日常茶飯事だ(俺は答えないけど)。
でも、今日いつもと違うのは、俺の隣に碧がいるということ。

F4や牧野達以外に、俺が一緒に誰かといるのは珍しい。
だからなのか、にこにこしながら挨拶を返す碧を見て、「誰?」と
怪訝な表情をしている人もいた。

「ルイくんは人気者なんですねぇ。みなさんに挨拶されるなんて。」


碧はそんなことを言いながら、相変わらず笑顔で俺に話しかけている。
うるさいなぁ・・・と俺は、ぼーっとしたままの頭で思っていると、前から総二郎とあきらが来るのが見えた。


「あれ?類。珍しく早いな。」

「つーか、大学生になって初めてなんじゃねーの?」

「・・・ああ、理由は・・・。」

 

こいつ、と俺は笑顔の碧を指差す。碧は総二郎達に挨拶を始めた。

「僕、藤堂碧と言います。今日から高等部に転入して来ました。ルイくんのお友達ですよね?
昨日から花沢家でお世話になっています。よろしくお願いします。」


そう言って、碧はぺこりと頭を下げた。
二人は久しぶりに聞く幼馴染の彼女の名前に、少し混乱したように見えた。


「・・・え?藤堂?」

「はい。僕、静さんの従弟なんです。」


総二郎とあきらは一瞬驚いた顔をしたが、思い当たるところがあったのかすぐ納得したような表情になった。

「・・・そういえば、大昔に親父から聞いたことあるような・・・。静の親父さんの兄弟がアメリカで事業展開してるって。
そうか、息子がいたんだ・・・でもどうして類の家に?」

「静さんは今ご自宅にいらっしゃいませんし、父も仕事でほとんど家に帰ることはありません。
僕、日本に誰も知り合いがいないんです。そこで、以前から父と懇意だった花沢社長のご厚意で・・・」


「へぇ〜、そっか。・・・よく見ると、ちょっとだけ静に似てる部分もあるかもな。
それにしても『ルイくん』って・・・。」

おかしそうに笑うあきらに、「いいんだよ」と、そんなことには興味なさそうに言う俺を横目で見ながら、
総二郎は碧をじろじろ観察していた。


「・・・ふーん。」


と総二郎は碧を一瞥すると、俺の肩をポンと叩いて碧に聞こえないように小さな声で囁いた。
そして、「・・・じゃ、俺らこれから用あるから行くわ。」と言い残してあきらと行ってしまった。


「・・・はぁ。何か今の方達は他の方と雰囲気が違いますねぇ。」


碧は総二郎達の後ろ姿を見送りながら、俺に話しかけた。

「・・・ああ。黒髪の方は、西門総二郎って言って、茶道の家元の息子。
もう一人は、美作あきら。美作って苗字珍しいから、聞いたことあるでしょ?」

「・・・ああ!総合商社の・・・。」

「で、今はニューヨークへ行ってここにはいないけど、道明寺財閥の御曹司の道明寺司も俺の友達。」


「えーっ!・・・あ!思い出しました!そういえば昔、静さんから聞いたことあります!
『私には日本にかわいい弟達がいるのよ
』って。ひょっとして・・・。」

「・・・ああ、多分俺達のことだろうね。」

「・・・そうなんですかぁ。静さんが言ってた方達とこうして出会えるなんて、何か運命的なものを感じますね〜。」


はぁ〜っと溜息を吐いて、碧は嬉しそうに笑った。そして、何かを思い出したように口を開いた。

「そう言えば道明寺さんって、飛行機の中で読んだ雑誌に載ってました!
フィアンセを4年後に迎えに来るって・・・ひょっとしてお相手の方ってこの学園にいらっしゃるんですか?」


瞳をキラキラさせて尋ねてくる碧に、俺は牧野つくしのことを言おうと口を開きかけたが、
総二郎が別れ際に言った言葉を思い出して、言葉を濁した。


「・・・さぁ。そのうちわかるんじゃない?高等部の校舎はあっち。そろそろ行かないと、転校早々遅刻するよ。」


校舎を指差してそのままスタスタと歩き始めた俺に、碧はハッと時計を見ると
「やばい〜!」と言いながら高等部へ向かって走り出した。そして、


「ルイくん、ありがとうー!」


と、人目をはばからず大声で言う碧の声が聞こえた。
ぎょっとして振り返って見たけれど、もう碧の姿はなかった。

 

 


 

『・・・ライバル出現かもな。』

 

別れ際に、総二郎に言われた言葉が頭の中でよみがえる。


俺から見て、碧は『手のかかる弟』という感じだ。牧野の周りの男で言うなら、碧は『青池和也タイプ』だろう。

・・・そう言えば、静は牧野つくしがお気に入りだった。

 

 

――まさかね。

 

 

ぼーっとした頭でそんなことを考えながら、俺は一眠りするべくいつもの場所へ向かった。

 

 

 

****************

 

 


その日の昼休み。
碧に邪魔された睡眠時間を補おうとポカポカと日の当たる非常階段で寝ていると、俺を呼ぶ声。


「・・・花沢類!ねぇ、起きてよ。」

「・・・あ?」

聞き覚えのある声。誰かはわかっているだけに、無視もできず。

「・・・もう、お昼だよ。」

「もうちょっと・・・。」

 

今日はよく邪魔をされる日だ、と俺はゆっくりと目を開けるとやっぱり牧野だった。


「この間、髪の毛を切ってもらったお礼にお弁当作って来たから一緒に食べない?」


そう言ってにっこり笑う彼女は、俺の返事を待たずにいそいそと弁当を広げ始める。
あんまり食欲はないけれど、せっかく作ってきた牧野にも悪いし付き合うことにした。

はい、と差し出されたおにぎりをもくもくと食べていると、牧野が話し出した。

「今日ね、みんなが噂してたんだけど・・・。静さんの従弟が転入してきたって。花沢類、知ってる?」

「・・・ああ、今うちにいるから。」


牧野はちょっと驚いた顔をしたが、それほど意外ではなかったようだ。

「へぇ!そうなんだ。多分、知ってるとは思ってたけど・・・。でも、花沢類の家にいるなんて・・・。」

「・・・どうせ静は今、実家にいないしね。俺の方が歳も近いし、英徳に通うならうちのが都合いいでしょ。
親父同士のつながりもあるし・・・。」

「そっかぁ・・・。」

牧野は納得した表情をして、「これ食べる?」と俺に何やら『手作りの』おかずをすすめてきた。
何だかよくわからない食べ物だったけれど、まずくはなかった。

 

 



お弁当も空になりつつある頃、階下から声が聞こえてきた。


「あれ?ルイくーん?」


非常階段を見上げる碧の周りには3人の女達がいて、「きゃぁ、花沢さんよ。」と言っているのが聞こえる。


「・・・・・・。」


うるさい女共も一緒か、と俺は碧を一瞥すると聞こえないフリをした。


「・・・『ルイくん』って・・・花沢類のことよね?いいの?呼ばれてるよ。」


碧のそばにいる女達に見えないように、牧野は下の様子をうかがう。


「ひょっとして、あの子が静さんの従弟?・・・なんか、元気な子だね。」

「・・・ああ。」


4時間前に別れたばっかりなのにまた会うのかと、あの元気良さには少々うんざりする。
心の中で非常階段には来ないで欲しいと願っていたけど虚しく、それは階段を駆け上る音で消えてしまった。


「やっぱり、ルイくん!」


知り合いに会えた喜びからか満面の笑顔で俺に笑いかけた碧は、「あれ?」とそばにいた牧野に気がついた。

「ルイくんのお友達ですか?」

「あ、・・・はい。初めまして。」


牧野は少々戸惑った表情でにこっと笑った。


「僕、藤堂碧って言います。高等部1年です。今日英徳学園に来たんです。・・・えと、あなたは・・・。」

「あたし、牧野つくし。3年生だよ。静さんの従弟だって花沢類から・・・。」


「ハナザワルイ?」

牧野が俺のことをフルネームで呼ぶもんだから、碧は首をかしげた。
英徳には、もちろん牧野以外に俺のことをフルネームで呼ぶ奴なんていない。
改めて考えてみると確かにちょっと変わってる、ということに今更気が付いたのか、
牧野は少し赤くなって否定した。


「あ、あたしが勝手にフルネームで呼んでるだけなんだけどね。」

「お二人は、恋人同士なんですか?」


碧は牧野の様子から何かを感じ取ったのか、そんなことを聞いてきた。


「・・・違うよ。大切な友達。」

牧野が口を開く前に、俺が先に答える。
彼女は何か言いたそうな、複雑な表情で黙って俺を見ていた。
碧は、ふーん、と笑顔のままで俺達二人を見比べたかと思うと、非常階段に腰をおろす。


「・・・さっきの女の子達はいいの?」

牧野が口を開いた。

「・・・ああ・・・ルイくん、彼女達みたいな人、多分苦手だろうなって思って。
うまく言って先行ってもらいました。英徳のこと、いろいろ話してくれましたよ。日本の女の子って親切ですね。」


本当の親切心からじゃないと思うけど、と牧野はハハハと渇いた笑いをする。
碧はそんな牧野を見てにこっと笑った。

「・・・ま、僕だってバカじゃないから、彼女達がどんな人達かってことくらいわかりますよ。
女の子って怖いですからねぇ。」

俺と牧野はその言葉に顔を見合わせた。どうやら純粋培養のおぼっちゃまでもないらしい。
それにしても・・・と碧は言葉を続けた。

「名前聞いて思い出しましたけど、牧野先輩って有名人なんですね。」

「そ、そう?」

「ええ、数々の武勇伝、聞きました。F4ってルイくんとか、今朝会った人達のことなんですね。」

「武勇伝ねぇ・・・。ま、どうせろくでもないこと吹き込まれたと思うけど。」

 

そう言いながら、牧野は空になった弁当箱をてきぱきと片付けていった。


「あ、そうそう、あの道明寺さんと付き合ってるって、本当ですか?」


ピタ、とその言葉に牧野の動作が止まった。そして少し困った顔で碧の方を見る。
俺はその会話を止めようかと思ったけれど、牧野がどう答えるのか見てみたいという好奇心の方が勝ってしまった。


「・・・うん。君は信じられないかもしれないけどね。」


予想はついていた答えだけど、少しだけ胸が痛む。牧野の中の司の存在を見たような気がして。
碧は牧野の答えの様子に『そういう意味じゃないですよ』と、慌てて手を振る。

「牧野さんが道明寺さんの彼女ってこと、何となくわかります!何か・・・他の英徳の女の子と違いますよね。うまく言えないけど。」

「・・・そう?そんなこと、初めて言われたな。」

「はい、ルイくんを名前で呼ぶところとか、えーと・・・何か、何て言うか・・・・庶民的な感じがするところとか・・・。」



俺はその言葉を聞いて思わず吹き出してしまった。碧は勘がいい。さすがは静の従弟かもしれない。
笑い続ける俺を牧野は真っ赤な顔をして睨みつけた。
碧は、どうして俺が笑っているのか、牧野が俺を睨みつけている理由がわからず、俺と牧野を見ながら困った顔をしている。


「・・・あー、えーと、僕、・・・ごめんなさい。何か悪いこと言いました・・・?」


牧野はハァと小さく溜息をついて、『ま、本当のことだけどね』と言った。


「碧君の言う通り、あたしは社長令嬢でも何でもない一般庶民だよ。
いろいろあって、道明寺とか、花沢類達と知り合ったんだ・・・だから、静さんも知ってる。素敵な人だよね。」


静の話題が出ると、碧は瞳を輝かせた。

「僕も静さん、尊敬してたんです。優しくて強くて・・・それでいて自分の生き方を自分で決めて。
・・・僕は長男だし、藤堂家っていう見えない『縛り』みたいなものがあるけれど、できたら自分の意思でいろいろ決めていきたいなぁって。」

「・・・そうなんだ・・・君は偉いね。
2年前の道明寺にも是非聞かせてあげたい言葉よね・・・。」


と、牧野は感心しながらチラリと意味ありげに俺の方を見ると、碧ににこっと笑いかけた。

「さあっ、これから授業もあるし、がんばっていこうかな。
碧君も授業でしょ?あたしは先行くね。・・・じゃ、花沢類、またね。」


立ち上がってスカートの埃を払うと、牧野は手を振って教室へと行ってしまった。
パタン、と扉の閉まる音がして、後に残された俺と碧はしばし無言で顔を見合わせる。


「・・・牧野さんって何かかわいい人ですね。ルイくん、そう思いません?」

「別に。」


牧野と一緒の時には見せなかった不敵な笑顔で俺を見る碧に、俺はぷいと視線をそらした。


「藤堂って名前を出すと、それだけで興味本位で女の子が寄って来るんだけど、
彼女はそういう人じゃなさそうですしね・・・。ルイくんが一緒にいるのもわかるかも・・・。」

「・・・ふーん」

俺は不吉な予感がして、そらした視線を碧の方に向けた。
碧はさっきの牧野の表情を思い浮かべているのか、こっちを見ていなかった。


「・・・年上っていいですよねぇ。僕、好きだな。英徳の女の子はみんな同じだと思ってたけど、
牧野さんみたいな人もいるんですね。・・・道明寺さんはいないし・・・。今、チャンスかも。」

「・・・司に殺されるよ。」

「だって、道明寺さんって4年は帰ってこないでしょ?心変わりだってあるだろうし、彼女だっていつまで待てるか・・・。」


心変わりなんて、あの2人は多分ありえないだろう。
俺はゆっくりと立ち上がると、座ったままの碧を見下ろす格好になった。
たとえ冗談にしても笑えない。釘を刺しておかないと。


「牧野にヘンなことしたら、家、追い出すからね。」

「え?ルイくん?・・・やだなぁ、冗談に決まってるじゃないですかぁ。僕にはちゃんと好きな人がいるし。
・・・それともひょっとして、ルイくんって牧野さんのこと、好きとか?」

なんちゃって・・・とおどけて笑う碧に、俺は何だかイライラして黙ったまま非常階段を降りる。
2、3段降りた所で、振り返って碧に言った。

「・・・司から頼まれてる、大切な友達だからね。
いくら静の従弟だからって、牧野を困らせたら容赦しないから。」

「・・・やだなぁ。僕がルイくんの友達に酷いことなんてしませんよ。」


そう言って碧は困ったように首をすくめると、『僕も授業に行こう』と、非常階段で俺を追い越して降りて行った。
・・・すれ違う瞬間に、碧の笑いたいのを我慢しているような表情を見た気がする。


軽やかな足取りで教室に向かう碧に向かって、俺は心の中で舌を出した。

 

 

 

 

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