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ルイくんのオトモダチは、僕のトモダチ。
彼のものは、僕のもの。
そんなことを小さな声で口ずさみながら、学校に行く用意をする。
日本での生活にも少しずつ慣れてきた。
英徳学園は思ったほど悪くない。
おしゃべりな女の子と周りの噂から、よく出てきた言葉は「F4」と「牧野つくし」。
その中にはルイくんが入っていたとは驚きだ。
そして、牧野さんは、道明寺の御曹司と付き合っていることはどうやら本当らしい。
まさかあの「鉄の女」と言われている道明寺のおば様が、二人の交際を許した・・・というわけではないだろう。
息子に何か条件を出しているに違いない。
ま、4年間は遠距離のようだし、その間に何が起きてもおかしくない・・・か。
鏡を見ながら、できるだけ手際よくネクタイを結ぶ。
ちらりと時計を見て、もうすぐ学校に行く時間なのに
まだぐっすり寝ているかな、とルイくんの部屋を意識して耳をすませてみたが・・・やはり何も聞こえなかった。
・・・ルイくんはなかなか手強い。
静ちゃんから聞いていたこともあるけれど、勘がいい。おまけにポーカーフェイスだし。何を考えているのか読みにくい。
だけど、僕だって多分負けてない。
鏡に向かって、ゆっくりと笑顔を作る。
非常階段で、僕の質問に時折苦笑いしていた牧野さんの顔を思い出す。
確かに彼女の気の強そうなところは、少しだけ静ちゃんに似てるかもしれない。
しかし、どうしてもわからないのは、「なぜ道明寺司が牧野さんに惚れたのか」ということだ。
道明寺のジュニアはワガママで、手がつけられないほど荒れているらしいという噂をアメリカにいた頃、聞いたことがある。
詳しいことは、他の生徒もあまりよく知らなかったみたいで(噂はあくまで噂だし)、
ただ一つ言えることは、牧野さんと知り合ってから道明寺司は性格が変わったということだ。
おまけに、英徳を牛耳るグループ「F4」を手懐けてしまったとか?
(手懐けるっていうのは、正確な言い方ではないだろうけど)
・・・・わからない。
ルイくんも道明寺司もどうして彼女に惹かれるのか。
静ちゃんの方が、よっぽど大人でいい女なのに。ねぇ?
それに、英徳には良家の子女がたくさんいるはずなのに。
アメリカから持ってきた写真たてに目を向ける。
銀色のシンプルな枠の中で、幼い頃の僕と静ちゃんが幸せそうに笑っている。
8歳上のお姉さんだった静ちゃんは、一人っ子の僕にとって本当のお姉ちゃんみたいだった。
もうちょっと歳が近かったら・・・と子供心に何度か思ったこともある。
そして時々、静ちゃんがアメリカに来た時に話していたルイくんや「弟達」が、どんなに羨ましかったことか。
どんな人達なのか、ずっと会ってみたかった。
それに、未来の日本の企業を支えるジュニア達が通うこの英徳学園に通うことは、僕にとってもいい経験になるだろう。
・・・そして、『あの人』との約束もあるしね。
本当はずっと憂鬱だった、静ちゃんがいない日本での生活。
少しずつ楽しくなりそうだと、鏡に映る自分ににんまり笑いかける。
そして、僕の家族と静ちゃんの写真に「行って来ます」と声をかけると、
寝起きの悪いルイくんを今日も学校に引っ張って連れて行くべく、隣の部屋に向かった。
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最近、碧がよく非常階段へ来るようになった。それも、大抵俺と牧野が一緒にいる時だ。
いつの間にか、牧野のお昼ご飯に碧もあやかるようになってしまった。
碧は『うわぁ、食べたものないばかりだぁ。』と言うものだから、牧野も嬉しいのか3人分作ってくるようになった。
碧は牧野と友達になれて嬉しいのかよく話した。
両親のこと、アメリカの友達のこと、自分のこと、そして静のこと。
――うるさい。
と、時々俺が不機嫌な視線でじっと見る時があるので、自分が邪魔な存在だと碧もうすうす気付いているようだけど。
しかし、意外だったのは、牧野と碧が意気投合したことだった。
牧野には確か碧と同じ弟がいたし、わかる気がするけれど、碧は少し意外だった。
静もそうだったけれど、誰とでも心を開くタイプではないと思ったから。
元々社交的な性格をしている碧だが、牧野と話をしている時は、建前でなく心の底から楽しいらしい。
牧野も碧が静の従弟ということと、俺の知り合いという安心感もあるのか、碧の性格を気に入ったらしく楽しそうに話している。
時折、「ね、花沢類?」と尋ねてくるけど、俺は「うん」とか「へぇ」としか返さず・・・
いつもの俺と牧野と穏やかな時間が、そうでなくても、ある意味貴重な昼寝時間を碧に邪魔されているのだ。
俺はコンクリートの冷たい壁にもたれながら、むすっとした顔で二人の会話をしばらく聞いていた。
「・・・あたしね、静さんに教えてもらったことがあるの。
とびきりいい靴を履くと、その靴がいいところへ連れて行ってくれるって。
静さんは、きっと素敵な靴を履いて、フランスでがんばっているんだろうなぁ。」
牧野が懐かしそうに話すと、碧も目を細めて笑う。
「・・・それは、静さんらしいですね。僕もいろいろ教えてもらいましたよ。
人間って常にこうしておけばって思う生き物だから、常に自分の思うように生きたいって。
その時は、あんまりよくわからなかったけど、今ならすっごくわかるなぁ。」
「ああ!それ、あたしも聞いたことある!懐かしいなぁ・・・。」
二人の話題の共通点が静なのはしょうがないけれど・・・
静の話に花を咲かせる二人に俺はそろそろうんざりしてきた。
俺にとっては、静のことは終わってしまった思い出だし、できればあまりこんな風に話したくないことだ。
ただでさえ碧の存在は、常に静を思い出させるのに・・・。
俺は立ち上がると、すたすたと非常階段を降りて行く。
「あれ?花沢類?どこ行くの?」
牧野の問いかけに、俺はあからさまに不機嫌な顔で答えた。
「静かなところ。」
「・・・あ、ごめん・・・。」
俺の表情にハッとしたのか、牧野は申し訳なさそうな顔をした。
その様子を見て碧は立ち上がると、俺の腕を取ってぐいぐい引っ張ると、元の場所に強引に座らせた。
「何する・・・」
「ごめん、ルイくんが怒るのも無理ないよね。だって僕、明らかに二人の邪魔してるもの。」
その答えに、俺と牧野は「ハァ?」という顔になった。
でもこのままじゃフェアじゃないしね、と碧は言う。
「・・・僕、牧野さんのこと、本当に気に入っちゃった。」
「え」と、俺と牧野は再び愕然とする。
碧はそんな俺達の反応を見て面白そうに笑った。
「・・・えと、その、碧くんが言う『気に入った』って・・・」
牧野がおずおずと尋ねると、碧は笑いながら言った。
「もちろん『好き』ってことですよ。」
サラリという碧は、どこか真剣味に欠けるような気がして俺は口をはさむ。
「・・・真剣な風にはとても見えないけど。」
そうかな、と碧は困ったように首をかしげる。
そのやり取りを見ていた牧野が静かに口を開いた。
「・・・碧くん、あたし、ね、知ってると思うけど・・・道明寺と・・・。」
「ええ、知ってますよ。だからって、好きになっちゃいけないですか?」
「それは・・・。」
にっこり笑って言う碧の思わぬ反撃に、牧野は答えに窮したようだった。
「・・・ルイくんだって同じですよね?」
「・・・・・・。」
そう言って笑顔で俺の方を振り返る碧に、俺は呆気に取られて何も答えることができなかった。
碧は黙ったままの俺達二人を見てにこっと笑うと、「さて、僕はそろそろ教室に戻ります」と
スタスタと階段を降りて行った。そして「言い忘れた」と戻って来た。
「あ、牧野さん、明日もお弁当楽しみにしてますから!」
天使の笑顔で微笑みながら手を振る碧に、牧野も思わず手を振り返していた。
そして、ハッと我に返る牧野と、はぁ〜と溜息を吐く俺。
「・・・やー、碧くん。変わった子だよね。進と同じ年なのに、しっかりしてるし。」
牧野は教室へ向かう碧の後姿を見ながら、ぼそりとつぶやいた。
「・・・ん。でも言ってることは、きっと嘘じゃないだろうね。」
「え?」
「・・・何でもないよ。」
――ほんとにあんたって、自分のことに関して鈍感なんだから。
きっと碧のことも半分冗談だと思ってるんだろう。
腑に落ちない顔をしたままの牧野に「ごちそうさま」と言うと、俺は階段の方へ向かった。
「花沢類。」
「何?」
「・・・明日もここに来る?」
碧と話してばかりだったことを反省しているのか、牧野は申し訳なさそうに尋ねた。
牧野にそんな顔をされると、意地悪したくなるけど。
「・・・キスしてくれたらね。」
「・・・! そんなこと、できるわけないでしょう?」
赤くなって怒る牧野に、俺はがっかりした表情をわざと作った。
「・・・なんだ、してくれないんだ。」
「花沢類〜!」
「あんた、やっぱり面白いね。」
牧野の表情が面白くてアハハと笑う俺にホッとしたのか、牧野もプッと笑い出した。
そして、俺は「恋人がいたら、好きになったらいけないのか」という碧の台詞に
困った顔をしていた牧野の表情をふと思い出して、少し胸が痛む。
――彼女の邪魔をしているのは、俺も同じ。
じゃあ、牧野のことを諦める?
――答えは、『No』だ。司が本当に帰ってくるとわかるまでって・・・俺は決めたんだから。
俺はそう思い直すと、牧野に『じゃ、また明日』と手を振る。
そして、削られた睡眠時間を埋めるべく、一人になれる場所へ向かった。