<5>
目を覚ましたら、ベットの上だった。
・・・あたし何やってたんだっけ・・・・・・・・・?頭がぼーっとする・・・・・・
身体を起こそうとすると、隣で声が聞こえた。
「・・・牧野。無理に起きないほうがいいよ・・・・・」
花沢類があたしを心配そうに見ている。
「・・・・・・本当にごめん」
あたしはその言葉に何があったのかやっと思い出した。
「・・・気にしなくていいよ。やーね、あたし気を失っちゃったんだ。男から叩かれるなんて何回もあったのに。
さすが花沢類のパンチは強いわ」
あたしはあははと笑った。花沢類は湿布をしたあたしの頬に冷たい手を触れて心からすまなさそうに言う。
「当たり前だよ・・・パーじゃなくてグーで殴ったんだから・・・本当に、本当にごめん。
何回謝っても気がすまない。俺のせいだ」
「もう、やめてよ。らしくないじゃん。道明寺が先に手を出したんだから。あいつなんて殴っても
仕方ないよ。花沢類の手が痛くなるだけだよ」
「・・・俺は司を殴るよりも、おまえを殴ったほうが手が痛い。・・・・・もうそんなこと言うな。おまえ、そんな泣きそうな顔して」
あたしは何も言えなくなって、またシーツをかぶる。花沢類が静かに口を開く。
「・・・・・・司のことなんだけど・・・おまえが倒れた時に一緒に倒れて・・・・・・・頭をぶつけたみたいで・・・。
記憶のこともあるし・・・今、あきらたちが付き添いで一応病院に行ってる・・・・・・」
「・・・・・・うそ。あたし、倒れてからどれくらいたった?みんなは?」
「・・・3時間位。あれからパーティーはお開きになったよ。明日病院に一緒に行こう。
俺が必ず連れて行くから・・・・・・今日はもう遅い。牧野はもう寝た方がいい」
「・・・・・わかった・・・ごめん」
花沢類に殴りかかる前の道明寺の言葉を思い出した。
あの冷たい目・・・・・なんであたしたちいつもこうなっちゃうんだろう・・・
・・・もう何も考えたくない。あたしは頭までシーツをかぶり無理矢理目を閉じた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
≪出発の日まであと4日≫
【変化】
次の日、あたしは花沢類と道明寺が入院している病院へ行った。あいつに渡すお弁当を持って。
昨日かなり強く床に打ちつけたみたいだが、検査の結果、特に以上は見つからなかったらしい。
よかった・・・。でもあいつはまだ目を覚まさない。
一年前の事件のあと、あいつが入院してた病院にまたこうして来ることになるなんて思いもしなかった。
道明寺の病室の前に来ると、あたしは花沢類に頼んであいつと二人きりにさせてもらった。
白いベットの上には子供みたいな安らかな寝顔。くるくるときついくせのついた髪の毛。
長い睫毛の下で閉じている目で冷たく睨まれたことが何度もあった。
優しい目であたしを見てくれたのはいつだったっけ・・・?
鼻筋の通ったきれいな形のよい鼻。
何度もあたしにキスした口唇。でも、いっつもこの口で憎たらしいことをいうのよね。
・・・ほんっとムカつく・・・・・・・・このバカ・・・・・
あたしがどんな気持ちでいるかなんて知らないでしょ・・・
あたしは人差し指であいつの額を優しくこづく。
・・・それでもあたしはこいつが好きで、大好きで。
傷つけられてもこいつの顔を見ると改めて思ってしまう・・・こんな自分に呆れるわ・・・ほんと・・・
「・・・ほんとに・・・バカなんだから・・・」
小さい声でつぶやくように言う。
あたしは人差し指で道明寺の形のよい口唇をゆっくりとなぞった。指先に規則正しい呼吸を感じる。
眠れる王子様はあたしのキスで目を覚ましてくれるかな・・・・・・・同じようにその先はハッピーエンドじゃないだろうけど・・・・・
あたしは道明寺に近づいて、やわらかく閉じられたあいつの口唇に優しくキスをした。
あたしからする3度目のキスだ・・・・・・・・・
・・・・・・急に恥ずかしくなってきた・・・多分あたしの顔は今真っ赤ッ赤だ・・・
あたしは枕元に持ってきたお弁当をそっと置くと、花沢類を呼びにいこうとドアへ向かった。
「!!」
ベットで寝ていたはずの道明寺の右手があたしの腕をつかんでいる。あたしはびっくりして心臓が止まりそうになった。
「〜〜〜〜〜あん、あん、あんた・・・お、起きてたの・・・?」
「・・・ああ、おまえが『バカ』って言ったあたりからな・・・・おまえ、おれにキスした?」
にやっと笑ってあいつが言う。
「ちっ・・・違うわよっ。あんた夢でもみたんじゃないの?」
道明寺はゆっくり身体をベットから起こすと、ふあぁ〜と大きな伸びをする。
「なーんか、長い夢を見てたような気がするんだけど・・・・・・俺ってどれくらい寝てたんだ?」
「・・・昨日の夜からだから・・・18時間くらいじゃない?」
「ふーん・・・・あれ、おまえその頬どうしたんだ?」
あたしの湿布を貼った頬を見てあいつが言う。・・・こいつ昨夜のこと覚えてないのかしら・・・
「・・・これはねえ、ま、『名誉の負傷』かしらね」
「また、なんかしたんだろ?おまえ、じゃじゃ馬だからな」
「うっ、うるさいわねッ、誰のせいでこうなったと・・・・・え?『また』って言った?」
あたしは道明寺に聞き直す。不思議そうにあたしを見るあいつ。
「…なんだよ。・・・・・そういえば俺、港で刺されたんだよな。あれからいつの間に傷が治ったんだ?すげー、さすが俺」
もしかして・・・・・・・・・あたしは震え始めた声で能天気に話すあいつに聞く。
「・・・ね、あたし昔あんたに赤札貼ったよね・・・」
「・・・? ああ、そんなムカつく昔のこと何で急に言うんだよ」
「・・・みんなでカナダに行った事、覚えてる?」
「ああ、おまえ遭難しかけたよな。んで、俺が助けた。あん時は心臓が止まるかと思ったぜ」
「・・・亜門とバスに乗ったあたしを走って追いかけて来てくれたよね・・・」
「ああ?亜門のことなんて言うな。思い出すだけですっげームカつく」
「・・・・・・無人島であたしが言ったこと覚えてる?」
「・・・ああ・・・・・・NYに行かないでって言ってくれたよな・・・・・・って何だよ、おまえ昔のこと次から次へと・・・」
言い終わらないうちにあたしは道明寺を抱き締めた。
あいつはびっくりした顔であたしを見る。
「おかえり・・・・・・・道明寺・・・」
嬉しくて涙が止まらない。あたしはただ黙って、今もわけがわからず不思議な顔をしている道明寺を思い切り抱きしめ続けた・・・・・・。
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・・・・・・・なかなか病室から出て来ないあたしを心配した花沢類は、ドアの隙間から道明寺に抱きつくあたしを見て、
何があったのか察したらしい。
あたしも涙が止まりやっと落ち着いた頃、花沢類の連絡を受けたみんなが病院に駆けつけてきた。
「〜〜〜つかさ〜〜〜ッ、おまえやっと思い出したか」
「本当、よかったー。これで俺達は猛獣のお世話から開放されるッ」
西門さん達、本当に嬉しそう。ちょっと複雑だけど。
「司、どうなるかと思ったよ〜〜〜〜」
「よかったですね。道明寺さんっ。先輩もっ」
滋さんと桜子が抱き合って喜んでいる。
「・・・・・・なんだよ。おまえら、わけわかんねえ。何でそんなに喜んでんの?」
今、周りの状況が一番わかってないのは道明寺だ。
「・・・・・教えないほうがいいんじゃないですか?ものすごいショック受けますよ多分・・・・・・・再起不能になったりして・・・・・・」
と桜子。
「・・・いや、今までの牧野と俺達の苦労を考えるとだな・・・・・・おい、牧野は?」
西門さん、美作さん、滋さん、桜子と輪になってぼそぼそと話す。
「あたしは・・・思い出したらムカつくけど、本当にムカつくけど・・・あいつの為にこのまま黙っててもいいかなって思う・・・・・。
花沢類は?」
「俺ははっきり言ってやったほうがいいと思うね。牧野のためにも」
花沢類がきっぱりと言う。
「・・・おい、おまえら俺を無視するんじゃねえ!何なんだよっ、おまえら一体っ」
道明寺の怒った声。
「とりあえずもう一度検査してもらって、一緒に帰ろう。覚えてないと思うけど、あんた昨日頭を打ったのよ。
・・・話はそれからゆっくりするから」
あたしはにこっと笑ってあいつに言う。
「・・・わかった」
あいつは子供のようにふてくされたまま、あたしの言葉にしぶしぶとうなずいた。
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【告白】
医者の診断もOKが出て道明寺は退院した。
記憶のことは事前に医者に伝えて、あたしのことだけ忘れたことを本人にわからないように質問をしてもらった。
ほぼ完全に昔の記憶は戻っているらしい。
あいつは「何か」の記憶を忘れてたことは理解しているが、何を忘れてたのかはわかってないそうだ。
・・・そしてここ一年間の記憶は、昔の記憶を取り戻した代わりにほとんど忘れて、
あいつの中での時間も一年前のままで止まっているいうことがわかった。
道明寺家に帰った後、みんなで昨日の仕切り直しのパーティーをすることになった。
あたしはやっと心から笑えるような気がする・・・・・・・・・あれ・・・?でもなんか大事なこと忘れてるような気が・・・・・・
あたしははっとして思い出す。
記憶を無くした道明寺と交わした賭け。あいつは勝ったんだ・・・・・・・・・・・。
そしてあたしは負けた。
あんなにみんなの前で大きくタンカ切ったのに、今思い出すと自分のやったことが急に恥ずかしくなる・・・・・・。
とほほ・・・・・・穴があったら入りたいわ・・・・・・・
道明寺が病院で検査を受けている間みんなと話し合い、結局、この一年の間起こったことをあいつに話すことになった。
あたしのことを忘れたなんて、忘れられた本人が言っても何だか説得力がないので花沢類に頼むことにした。
昨日の船上パーティーと違って、一年ぶりにやっとみんなが心から楽しんでいるように見える。
道明寺も笑ってる・・・・・・・・
思えばこの一年、本当にいろんなことがあったね。
あたしが落ち込んだり泣くたびにみんなはあたしを支えてくれた。
出会いはそれぞれだったけれど・・・あたしとっても感謝してる。
「牧野」
あたしを呼ぶ道明寺の声。一年ぶりにあたしを呼ぶ懐かしい本物のあいつの声。
「何?」
「俺の記憶の無い間、おまえに変なことしなかった?」
「・・・・・・いっぱいされたよ。言葉では言い表せないくらい・・・ね」
あたしは笑って言う。半分以上嘘ではないけれど。あいつはその言葉に少し動揺する。
「えっ?そうなのか?」
「・・・・・・・・なーんちゃって。もういいの。全部終わったことだから。今日全部話すから・・・・・・
ただ、あたしの口からは話せないから花沢類に聞いて。あたし今日はパーティーが終わったら帰るわ」
「何で帰るんだ?おまえが俺に話してくれるんじゃねーの?何で類から?」
「・・・・・最初から話すとものすごく長くなるから。あたし話下手だし。
でも、あたしの口からあんたに伝えないといけないことがひとつだけあるの」
あたしは気持ちを込めて道明寺を見た。わけがわからず不服そうに見る道明寺の瞳には、あたしはどんな風に映っているだろう?
道明寺は浅いため息をもらした。
「なんだよ」
「あたし明日もあんたに会いにここに来るから・・・逃げないで待ってて。約束してくれたら言ってあげる」
「・・・・・・・・なんだかわかんねえけど、わかった。約束する」
強い視線で道明寺があたしを見る。あたしは顔を赤くしてドキドキする心臓を抑えつつ、あいつの耳元でささやいた。
「・・・あんたが大好き」
その瞬間、あいつはゆでだこのように真っ赤になって、持っていたグラスを床に落とした。
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