3.

 

 

例の鞄はすんなり見つかった。

学校の帰りに立ち寄った公園のゴミ箱にそれは入っていたのだ。つくしは腕時計を見て「まだ間に合うかも」と呟くと急いで公園を出た。

公園から徒歩15分のところにある8階建てのビルの前で、つくしは息を切らせながら会社名を確認していた。

大きく深呼吸をして呼吸を落ち着かせるとゆっくりとドアを開いた。

 

エントランスは時間外という事もあり人影はほとんどなかった。頭を左右に動かして様子を伺うと奥まった部屋から明るい光が漏れ出すのを見つけることができた。

そこに人がいることを期待して足を向ける。

「あのー、すみません」軽くノックをしながら声をかけ返事を待った。

 

ドアが開くと警備員らしき人物が顔を出す。

 

「何だ?こんな遅くにどうしたんだね?」

「あの、この名刺の人に会いに来たんですけど・・・まだいますか?」

 

名刺を受け取った警備員は、ちょっと待ってなさいと言って部屋の脇に置いてある電話で連絡を取った。

相手に事情を説明して返事を聞くと直ぐに受話器を置きつくしの方に向き直った。

 

「お嬢さん、悪いけど、忙しくて会えないそうだよ。伝言があるなら伝えておくけど?」

「あ、じゃあ、この鞄渡していただけますか?それで、もう無くさない様に大事にして下さいって。そう言えば分かりますから!」

 

つくしは手に持っていた鞄と名刺を警備員に手渡し、お願いしますといってお辞儀をするとビルを後にした。

後ろ姿を見送っていた警備員は手の中の鞄を見てからもう一人の担当者に声をかけ、預かった品を抱えたまま目的の場所へと向かった。

 

 

ノックに答えて出てきたのは名刺の男だったが、見慣れない鞄を受け取り意味不明な伝言に首を傾げていた。

部屋の奥で椅子に座って二人の会話を聞いていた男が驚いたように声を上げると立ち上がって鞄を見せて欲しいと頼んだ。

 

「すごい、ホントに見つかったんだ。――で、その子はどうしたんだい?」

「伝言を言い終えると走って帰りましたよ」

 

警備員の言葉にがっかりした表情を浮かべた男はどうしたものかと悩みはじめた。

「お礼が言いたかったけど、名前も知らないし、困ったな」

 

悪いことをした気分になった警備員は、一生懸命少女の特徴を思い出そうとしていた。

 

「たしか英徳学園の制服を着てましたよ。髪は肩に掛かる位の長さで、身長は・・・このくらいですかね」

160センチくらいかなと独り言を言いながら自分の顎のあたりに手を持ち上げていた。それから思いつく限りの特徴を言った。

 

「英徳学園?息子と同じだ・・・」

 

警備員から見た印象、肩までの髪に黒目がちな大きな瞳。一見してどこにでもいそうな女の子。そして、自分で感じた印象は『変わった子』だった。

椅子に置いてあったアタッシュケースを開き内側のポケットを探って一枚の写真を取り出すと、まだ立ったまま入り口にいる警備員に写真を見せて確認してみた。

「この子です。間違いありません」警備員はほっと安堵して大きく頷いた。

 

警備員にお礼を言ってドアを閉めるとソファに座るなりクスクス笑いが口から漏れた。

 

「佐伯君、どうやら私は期せずしてお目当ての子に会っていたらしいよ」

「例の女の子の事か?」

佐伯の言葉に頷くと改めて写真の少女を眺めてから「僕も気に入ったよ」と嬉しそうに佐伯に話した。

 

 

 

 

 

4.

 

 

 

学校が終わり、バイト先に少し遅れてやってきた優紀が思い出したようにつくしに聞いた。

 

「そういえば、進君、高校どこ行くか決まったの?」

「都立だよ。結構レベルの高い所みたいで、昨日から特別講習で泊り込みだって」

カウンターの内側で残りの商品を並べ替えながらつくしは答えていた。もうすぐ7時になるせいか客足は遠のく一方だった。

 

しかし、そんな中、表から二人を観察している少年がいた。

 

年の頃16歳位だろうか。背は170センチ程で、どちらかというと可愛いタイプの顔をしていた。

彼は意を決したように小さくガッツポーズを取ると、入り口に向かった。

 

店内に入る少年を見て、優紀がつくしを突付き声を掛けた。

 

 

 

「ほらっ、結構可愛い子が来たよ!」

「また、あんたは・・・」

優紀の言葉にあきれながらもいらっしゃいませと笑顔を作って声をかけた。

つくしの接客スマイルを見て少し顔を赤くした少年は小さく頭を下げた。

 

「あ、あの、今日も暑いですね」

カウンターの中の和菓子を眺めながら何気なさを装い少年は声を掛けてきた。

 

「は?あ、そうですね。まだ夏ですから」

つくしは適当に相槌を打って、注文を待っていた。

優紀は、隣で愛想笑いをしているつくしをニヤニヤしながら見る。ここ最近この少年が毎日のようにガラス越しに中を伺っていたのを知っていたのだ。

少年は少し顔を上げてつくしを見るが、ニッコリ笑うつくしと目が合うと、急いでカウンターの中の和菓子に目線を戻した。

 

((きょ、今日こそ言うぞ!!))

 

少年は心の中で叫んでいた。が、出てきた実際の声は緊張のせいで蚊のなくような声になっていた。

「あ、あのですね、ぼ僕」

「あ、ご注文、決まりましたか?」

 

「ハ、ハイ。あなたを!」

 

目を丸くするつくしと、いつの時代のナンパだろうと思いながら必死に笑いを堪える優紀。

 

「はぁ?」

目の前に居る少年は、顔を真っ赤に高潮させ固まっていた。つくしは訳が分からず小首をかしげている。

もう、我慢できないと言う感じで、笑い出しそうになった優紀は慌てて表に顔を向けた。

すると、そこには、怒りで顔を青くさせている司と、腰を折りまげ大笑いしているF3達がいるのが目に入った。

そーっとつくしの方に目を向けるが、気付いてないらしい。

 

 

ひとしきり笑い終えたあきらと総ニ郎が店内に入り、少年の肩に双方から手を掛けナンパ術を指導し始めた。

「君、そんなんじゃダメだよ。声を掛ける時はもっとスマートにやらないと」

そう言うなりあきらは手本をひとつ見せてみる。

いつの間にか現れて幼気な少年に悪のナンパ術を披露するあきら達をつくしは唖然として見ていた。

 

そして、今度は総ニ郎が少年にアドバイスを始めた。

「牧野は鈍感だから君の言った事なんて分かってないぜ。それに、どうせ誘うならもっと可愛い子が沢山いるじゃん。なにも牧野なんか誘わなくても」

 

「ちょっと、あんた達!あたしを馬鹿にしに来たの!?」つくしが怒鳴った後、散々おちょくられ黙って聞いていた少年は、顔を紅潮させ、あきら達に言い返した。

 

「か、彼女は素敵な人です。僕、外見ではなく、牧野さんの中身に惹かれたんです!」

 

「「「 は?中身?? 」」」

 

あきら・総ニ郎・つくしの三人は驚いて声を上げた。

 

「そうです。毎日毎日手を抜かずに一生懸命に働いている姿や、困っている人を助ける姿を見て、それで、す、す好きになったんです!」

 

((( はぁ? )))

 

「ちょっと待った!働いてる姿は分かったとして、困ってる人を助ける?」

あきらは腑に落ちない顔で問いかけた。

 

「そうです。バイト帰りに、お年寄りのおばあさんが道端で無くしモノを探しているのを見て一緒に探してあげたり、

この間も見知らぬオジサンが道に座り込んでるのを見て声を掛けたりしてました。今時、こんな親切な人はいません!!」

 

力説していた少年は、段々と張り詰めた空気を漂わせる男が近づいてきたのに気付いていなかった。

 

「君、もしかして牧野をつけてたの?!」

総ニ郎は、こいつ、ストーカー?と思い、わざとらしく確認した。

 

「つけるなんて・・・。ただ、ちょっと、声を掛ける勇気が無くて・・・」

少年はくるっとつくしに向き直ると、カウンターに乗せていたつくしの手を取り改めて告白しようとした。

手まであと数センチというところまできて、別の手に邪魔をされた。

 

「何ですか?」

つくしを庇う様に身を入れてきた長身の男の顔を見上げる。

 

「何ですか、だと?・・てめえ、人の女に気安く触ろうとすんな!後もつけんな、とっとと失せろ!」

 

あまりの気迫に少年は一瞬後ずさりしたが、そこに留まると有ろうことか司に反発してきた。あきらと総ニ郎は慌てて止めようとするが間に合わない。

少年は司を指差し、興奮した様子で言った。

 

「思い出した!お前は、いつも彼女に付きまとってる男だな。人の女って、彼女いつも嫌がってるじゃないか!」

 

笑い終えゆっくりと店内に入ってきた類は、この一言で更に笑いの発作に見舞われる事になった。

 

「る、類!何笑ってやがる!それに、こいつは、いつも嫌がってる訳じゃねえよ!」

焦って言い訳を始める司に店内大爆笑を始めた。

 

「ちょっと、道明寺!あんた何、言ってんのよ」

「牧野も何か言えよ!変に期待させんな!大体、おまえにスキがありすぎるからこうなるんだ!」

「何よ、それ」

 

逆上し、つくしに当たり始める司に、つくしも逆ギレしそうになった。

 

「ま、牧野さん。この野蛮な人から僕があなたを守って見せます。だから、僕と付き合って下さい!」

司の体を押しのけ、告白する少年に、つくしは顔を赤くしながら答えた。

 

「ごめんなさい。その、あたし、ホントにこいつと付き合ってるの」

「脅されているんですか?」

 

あまりのしつこさに、さすがのF3と優紀も笑いを止め、司の肩を持つように言った。

 

「あのさ、本人達が言ってるんだから、間違いないっしょ」

「君さ、勘違いしてるんだよ。こいつら、ホントに付き合ってるし」

「じゃあ、証拠見せて下さい」

「証拠ぉ?」

 

あきらと総ニ郎は一肌脱ごうとボソボソと話し合うと、いきなりつくしを抱きしめ頬にキスを落とした。

 

「な、な、何すんのよ!!」

叫び声と共につくしの鉄拳があきらと総ニ郎の顔面めがけて飛んだ。

その光景を見た司は目が点になり、しばし思考停止状態に陥った。

 

頬を押さえて立ち上がったあきらと総ニ郎はほらね、という顔で少年に語りかけた。

 

「今のがこいつの嫌がる姿なんだよ。君が見たのってこんなの?」

「い、いいえ。ここまでするのは初めて見ました」

「ははっ。こいつ、ホントはキョーボーなんだよ。想像と違ってただろ?」

「そーそー。悪い事言わねーから、やられる前に帰った方がいいって、マジで」

 

あきらと総ニ郎は少年の肩を抱いて出口まで連れて行った。

ようやくショックから立ち直った司は、あきら達の後ろで、プルプルと小刻みに震えていた。

少年を送り出し、振り向いたあきら達を待ち受けていたのは怒りに青ざめる司だった。

 

「ま、まて、落ち着け、司!これはお前の為にやったんだよ」

「そーそー。俺達って、マジ友達思いないい奴じゃん!」

 

そう言いつつも、足はじりじりと後ろに下がっていた。

 

 

店内で大暴れしている三人を外からガラス越しに見ていた少年は、まだ少し諦め切れない様子でいたが、仕方なく家路に向かった。

 

 

 

少年の行動を最後まで冷静に見ていた類は少し心配そうな調子で声をかけた。

「なんか今のヤツ、まだ諦めてないみたいだ。暫く一人で行動するの止めた方がいいかもしれないな」

 

心配いらないよというつくしの言葉には耳を貸さず、司に向かって言った。

「司、一週間くらいお前の家に牧野泊めてあげれば?」

 

慌てて両手を振りながらつくしは言った。

「や!それはいいって!ホントに大丈夫だよ。家に弟いるしさ」

 

「あれ、進君昨日から合宿で学校に泊り込みしてるんでしょ?」

優紀が先刻の会話を思い出し心配そうに口を挟んだ。

 

聞き捨てならないとばかりの勢いでつくしに振り返ると司は怒鳴った。

「おまえ、何で、そういう大事な事を黙ってんだ!? ったく。よし、今日からウチに来い」

「やだっ」

「やだじゃねーよ、決まりだ」

 

 

丁度その時店長が外出から戻ってきた。

F3を見てすこし驚きながら、つくし達に言った。

 

「お疲れ様。今日はもうお店閉めるから上がって良いわよ」

 

バイト終了後、無理やり司の車に押し込められたつくし。

不服そうな顔をして車の中で文句を言ったが、「俺がここに泊まるのと牧野が俺ンちに泊まるのどっちがいいんだ」という司の言葉で結論は出た。

もはや選択の余地がない。

つくしは諦めたように数少ないワードローブの中から制服と着替えを取りだして荷造りした。

 

 

「先に中入ってろよ」

司の言葉に頷いて、道明寺邸の玄関に向かった。

 

 

「きゃ〜〜〜つくしちゃーん!」

 

 

ドアが開くと椿の大きな声が耳に入り、間髪入れずにぎゅうっ、と抱きしめられ、次にがくがくと体を揺すぶられた。

「聞いたわよ、一週間うちに泊まるんですって?うれしいわあ。丁度私もここに一週間いるのよ!今夜は女同士仲良く飲み明かしましょうよ!!」

 

突然現れた椿はつくしに言葉を挟む余裕を与えずに捲し立てると、腕を掴んで奥の部屋へと連れて行った。

 

そうとは知らずに運転手に荷物を持ってくるように指示を出してから、少し遅れて入って来た司はどこにも見当たらないつくしの姿を目で探していた。

出迎えたメイドの中にいたタマがそれに気付いて声をかけた。

 

「つくしなら、椿お嬢さんに連れていかれましたよ」

「げっ、姉ちゃん帰ってきたのか?」

司は驚いて目を見開いた。

「ええ、今朝坊ちゃんがお出掛けの後にお戻りになりましたよ」

 

 

タマはフッと笑いを浮かべて残念でしたねと言い残すとさっさと背を向けて歩き去った。

一人ホールに残された司は両手を髪に突っ込み嘆息を漏らした。

 

 

 

 

 

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