5.

 

 

バイト帰り、お店から出て暫く歩いていると、後方から視線のようなものを感じ振り返った。

歩いているのはサラリーマンのオジサン達だけで、酔っているらしく呂律の回らぬ口調で、自分達の上司の陰口を言っていた。

 

(気のせいかな?)

 

首を傾げながら、まぁいいか、と呟きながら前に歩を進めると、正面から馴染みのある香りが漂ってきた。

恐る恐る顔を前に向ける。

 

引きつった笑いを浮かべるつくしを見て、司の理性がプツッと音を立てて切れた。

 

「こ〜〜の馬鹿女!!今、何時だか分かってんのか、ああ?!」

「し・・7時20分?」

 

咄嗟に時計を見ながら答えると、火に油を注いだように、司の怒りが上昇した。

 

「遅くなるなら電話しろっ。どーしててめぇはいつもそうなんだよっ」

「ご、ごめん。言い忘れた」

 

後ろの酔っ払いのオジサン達が、興味津々に眺めていた。

 

第三者の目から見ると、地味で大人しそうな少女がチンピラに因縁を掛けられている様に見えたのだ。

オジサン達が、これは助けるべきか?とお互いの顔を見合わせ、酔った勢いで司に反論した。

 

「君!この子が怯えているじゃないか」

「離してやりたまえ!」

 

つくしは、驚いた顔でオジサン達を見た。

異常にそり気味に立つと真っ赤な顔を上げ、15センチ以上背丈の違う司を見上げると興奮して怒鳴っていたのだ。

 

しかし、司は負けてはいなかった。

というより、八つ当たりするようにオジサン達に睨みを効かせると、つくしから腕を離し一歩前へ進み出た。

 

「おいオッサン、誰に向かって口きいてんだ?」

 

口調は、穏やかだったが、その目は異様な光を放っている。

それに気付いたつくしが、慌てて司の腕を掴むと、「コレ、知り合いなんで、気にしないで下さい」と、

オジサン達に簡単に説明してから司を引っ張るようにしてその場を離れた。

 

「道明寺も、あたしに怒ってたんでしょ!関係ない人巻き込むんじゃないの!」

 

「うっせーな。大体お前が悪いんだよ!アパートにもいねえし・・・人がどれだけ心配したと思ってんだ」

最後はトーンを抑えて言うと、掴んでいるつくしの手を腕から外し、手の平に握り替えると、引っ張るようにして歩き出した。

 

「ホント、ごめん」

 

おじけたように答えるつくしを見た司は少し機嫌を直したようにもういいよと言った。

 

 

 

 

先程からじっとつくしを見ていた少年は、やっぱり無理矢理じゃないかと思っていた。

その後ろで同じように二人を眺めていた長身の男。彼は少年が食い入るように見つめている対象物が気になり視線の先に目を向けたのだ。

 

 

「君は、彼らの知り合い?」

少年は男の問いかけに振り返った。

その場に似つかわしくない高価なスーツを身に纏った男。

誰だろう?少年は疑問に感じ、でもどこかで見たような気がするなと思いながらじっと男を観察した。

 

 

 

 

 

 

 

6.

 

 

英徳学園の非常階段から見える木々は涼しそうな木陰を作り出していた。

例の少年はあれ以来姿を見せる事はなく、弟も家に戻ってきた今、つくしは道明寺邸を出てアパートに戻っていた。

 

しかし、次なる心配事を抱えていたつくしは憂鬱そうな表情を浮かべたままだった。

今更だが進路問題で悩んでいたのだ。

現在就職難で、ランクの高い職場は当然高学歴の人材から更に能力のある者に絞って選定している。

程々のところでも、やっぱり、大卒強しなのだ。

 

(優紀は近場の大学に行くって言ってたっけ・・・)

 

今日は久しぶりに中学の頃の友人と会うことになっていたつくしは、立ち上がって鞄を掴むと階段を下りはじめた。

 

 

 

 

某、喫茶店。

 

「つくし、学校卒業したら就職するって?」

 

友人の1人が目の前のケーキにフォークで切り込みを入れ話しかけてきた。つくしは重い息を吐くと頬杖ををついて頷いた。

 

「そう。うち、大学行くお金ないしさ。でも、情報誌見ると、あんまりいい所無いんだよねぇ」

「ね、ね、でもさ、お金無くても、奨学金とかで行けるんじゃない?つくしの成績なら」

「チムラ!いい案じゃん!!奨学金、普通の大学なら、そういうのあるよね。英徳は無いのォ?」

 

チムラの問いに、つくしは生徒の顔ぶれを思い出す。

 

「どうだろうね。あたしの知ってる限りじゃ奨学金受けてる人にお目にかかったことないよ。――反対に寄付してる人は沢山いるみたいだけど・・・」

 

お坊ちゃまお嬢ちゃま学校はすごいね、と皆が頷きあった。

 

「でも、マジで、進学考えなよ。つくし知ってる?大学生のバイトの時給って、結構いいらしいよ」

「あはは、あきちゃん調べたの?」

「ううん。彼氏が言ってた。名の通った大学行ってると、家教のバイトとか予備校のバイトとかあるらしいよ」

「あ、それいいじゃん!!で、めぼしい男の子をチェックする!お金も入って一石二鳥」

 

あきとチムラが大はしゃぎするのを聞いたつくしは目を見開いた。

 

「あ、あんた達、そんなキャラだっけ?」

 

つくしの問いに、チムラがチッチッと、人差し指を左右に振る。

 

「あたし達だって、日々、成長してんの。大体、女の子の考える事なんて、服と男の事ばっかでしょ、フツー」

 

(こいつら、女版美作・西門コンビか?!)

 

呆れたように二人を眺めていると携帯から着信音が聞こえてきた。

バッグから取り出して発信者を確認する。

表示には 『道明寺』 と出ていた。

 

ちょっとゴメンと声を掛けてから携帯を手に持って席を立ち、人気の少ない所に移動した。

 

 

 

「もしもし?」

『なんで、すぐ出ねぇんだよ!』

 

耳元から聞こえる大音響に眉根を寄せた。

 

「だって、友達と一緒だから・・・」

『それがなんだよ・・・、まさか!』

 

司の言わんとすることを察知して先回りする。

 

「言っとくけどね、皆、女の子だよ!で、何?」

『・・・おぅ。今日の夜、家に来い』

「無理!!行けないよ。言ったでしょ、今友達といるの!」

『じゃ、今夜8時にな』

 

人の話を聞いてないように言い放つと、プツッと切れた。

 

(あ、あのバカ、行けないって言ってんのに!!)

 

チラリと柱に掛けてある時計を見る。

針は6時25分を指していた。

 

「一時間位は余裕があるな・・・って、行く気か、あたし!」

 

一人でボケと突っ込みをするつくしに、通りすがりの従業員が冷たい視線を送った。

 

 

 

 

つくしが席を立つとすぐ、あきとチムラが、優紀に囁いた。

 

「今度さ、ウチのクラスの友達と合コンすることになったんだ。ねぇ優紀、つくしも連れてきてよ」

「そうそう、あの子、奥手だから、あたし達で何とかしないと!」

 

二人は楽しそうに計画を話した。それを憂鬱そうに眺める優紀。

 

「やめといた方がいいって。それに、つくし、ちゃんと彼氏いるよ?」

 

あきとチムラは前屈みになって優紀に顔を近づけた。思わず逃げるように体を後ろに引く。

 

「優紀ったら分かってないなぁ。今の内に、たっくさん遊ばないと後悔するんだから!ねぇ」

「そーだよ。まだ18じゃん。今から、一人の男に縛られるなんてもったいないよっ」

 

二人で、勝手に盛り上がるのを見て、これを知った時の司の様子を思い浮かべ、憂鬱を通り越し恐れを抱く。

 

「絶対やめといた方がいいよ。あたしも、今回パスするし」

「えー、やだー!つまんなーい」

 

「あ、つくしっ。・・・どうかしたの?」

 

つくしが機嫌悪そうに戻ってきたのを優紀が気付き声を掛けると、無理に笑顔を作りだした。

それには気付かずにチムラが話の続きを始めた。

 

「つくしー、今話してたんだけど、今度合コンしよーよー。相手はT大生!大学の事とか、バイトの事とか聞くチャンスだよー」

「ご、合コン?絶対だめ!!」

 

即座に返事をする。脳裏には、以前桜子達に無理矢理連れて行かれた合コンのことが浮かんできた。

それを知ったときの司との口論。付き合ってる今そんなものに参加したら・・・。

 

ブンブンと思い切り頭を振り、今の想像をかき消す。

隣に座る優紀は、同じ事を想像したばかりなので、同情するように見た。

 

「いーじゃん、行こーよー」

 

 

「マジかよ!」

「合コン?」

 

頭上から、聞きなれた声がした。

 

 

「やばいだろ、それは」

「死人が出るな、きっと」

 

驚いて上を向くと、あきらと総ニ郎の姿があった。

 

「優紀ちゃん、久しぶりだね」

 

驚いて口を開けっ放しのつくしを無視し、にっこりと優紀に話し掛ける総ニ郎。

 

「あ、こんにちは」

 

優紀は、少し恥ずかしそうに答える。あきとチムラはキャーと奇声を上げていた。

その声で、驚きから醒めたつくしは、呆れたように口を開いた。

 

「こんなとこで何やってんのよ、二人とも」

「司に牧野見かけたら連れて来いっていわれたんだよ。丁度、通りの反対側から優紀ちゃんが見えたから、知ってるかなって思って」

 

総二郎はウインドー越しに見える通りを親指で指しながら説明した。

 

「そう。そしたら、牧野の声聞こえてきてさ」

 

そこで、さっきまで騒いでいたあき達が話掛けてきた。

 

「あたし達、つくしの友達でぇーす。あたしがあきで、こっちが真美です」

「あ、俺は西門。で、こっちが美作。――牧野の彼氏の親友!」

 

何気なく牽制する。この二人もまた、話を聞いて司の怒り狂った姿を想像していたのだ。

 

((最近平和だったからなぁ。また暴れられたらたまんねえぜ))

 

「あたし、道明寺のトコには行かないよ!こっちの方が先約だもん」

 

頑なに拒むつくしの返事を無視し、

「ごめんねぇ、えっと、あきちゃんと、まみちゃん?牧野と優紀ちゃん借りちゃうけどいいよね?」

 

あきらと、総ニ郎お得意の極上スマイルが二人を見つめる。

 

「は、はい。もちろんです」

「ありがとう」

 

そう言うと、両脇からつくしを持ち上げ、無理やり立たせた。

 

「なんなの、あんたたち!!」

 

つくしの叫びに耳も貸さず、スタスタと歩き出す二人。優紀はつくしのバッグを掴むと後に付いていった。

 

残されたあきとチムラは――

 

「すっごい、極上じゃん!」

「つくしの彼氏の親友って言ってたよね?」

 

「あれ?でも、西門と美作って、あの?」

「思った?つくしって英徳だよね?!」

 

顔を見あわせる。

 

「「英徳のF4のふたりぃ!!」」

またまた二人は盛り上がっていた。

 

 

 

 

 

 

その頃、道明寺邸では、先に着いていた桜子と滋がお茶を飲んでいた。

類は、ソファで相変わらず夢の中を漂っている。

 

「つくし達、遅いねぇ」

 

時計を見ながら滋が言う。

先程あきらから電話があり、直ぐに向かうと言っていたが、それからゆうに30分以上経っていた。

 

じわじわと苛立ちが増してきた司は、立ち上がって部屋をグルグル回りだした。

 

「道明寺さん、今日は何なんですか?」

 

桜子が思い出したように言った。集まる理由までは聞いていなかったのだ。

 

「牧野が来たら話す」

 

そう言うと、また、ウロウロ歩きだした。

 

 

数分後、あきらと総ニ郎に連れられてつくしが部屋に入って来た。優紀も、その後ろから入ってくる。

滋はつくしの姿を見ると、走りよってソファの方に連れていった。

 

「で、司。話って何?」

「話?」

 

不思議そうに司を眺めるつくしに、代わりに答えたのは桜子だった。

 

「そうなんですよ、話があるっていうんでみんな集まったんです」

 

司は皆を見ると、さりげなく言った。

 

「俺、NYに行く事になった」

 

「「「「 N・Y!? 」」」」

 

予想通り、皆が驚いて口を揃えたように言った。

 

「そ。今度は親父強制」

「あ〜、親父さんじゃな・・・」

「決まりだな」

 

「お前らに言いたかったのはコレだけ。あとは、牧野に話がある」

 

そう言って、つくしの腕を取ると部屋から出て行こうとした。

 

「ちょっと待て。まさか俺ら、これだけの為に呼び出されたのか?」

 

あきらは口元を引きつらせて確認する。

 

「ああ、気にすんな」

「って、俺らのセリフだろ!」

「類!お前もなんか言ってやれ!」

 

ソファであくびをしていた類に目を向けるが、どーでもいいよという顔をされた。

出てきた言葉も 「司、隣の部屋のベッド使っていい?」 だけ。

 

のんびりと隣室に向かう類と部屋を出て行く司達を見送ったあきらと総ニ郎は力なくソファに座り込んだ。

滋、桜子、優紀は今ひとつピンとこないように互いの顔を見あわせていた。

 

 

 

 

 

数部屋先のゲストルームの一室に、司と向かい合うように座るつくし。

先に口を開いたのは司だった。

 

「――お前、高校卒業したらどうするか決めたのか?」

「う〜ん、悩んでる。進学か、就職か・・・。進学の場合、色々調べないといけない事があるのよね」

 

高い天井に目を向けて考えるように言うつくしを見て 「何かやりたい事、あんのか?」 と聞いた。

つくしは、やりたいことは特にないけど、大卒の方が就職率高いしと椅子に背を預けながら話していた。

が、突然思い出したように叫んだ。

 

「・・・って、そんな事より、道明寺、NY行くって、いつから行くの!?」

 

ようやく本題に入れると思った司は真面目な顔でつくしを見た。

 

「ああ、来月には来いって言われた。で、その事でお前に話があった。――――・・・牧野」

「何?」

「NY、一緒に行かねーか?」

 

司の言葉を聞いて目が点になった。

 

「へ?」

「へ?じゃねえよ。親父に条件付けた。お前も一緒ならって」

「はああ??」

「間抜け面すんな!だからよ、やっぱ、お前が側にいないと、駄目なんだよ俺・・・」

 

ようやく思考回路が動き出したつくしだが呆気にとられた表情を変えることはなかった。

 

「NY?あ、あたしも?!――む、無理に決まってる!大体、うちにそんなお金ある訳ないじゃんっっ」

 

司は額にピキピキと筋を浮かべてつくしの頬を引っ張った。

 

「カネ、カネ言うなよな!――安心しろ、費用はうちで出す。これは、よくわかんねぇけど、母親が言ってた。

ただし、行く学校はあの女が決めるらしいぜ」

 

頬を引っ張る手を振り払い、つくしはいきり立って司を見据えた。

 

「ちょっと、あんたのお母さん、何考えてんの!? 今、どこにいんのよ!」

「夜、こっちに戻る。お前に話があるって言ってたぜ」

 

「やだ、まさか、また何かするつもり?!」

 

つくしは焦りながら司に目を走らせた。

 

「いや。・・・つうか、前みたいな事はしねえよ。親父が、条件認めたからな」

「じゃ、じゃあ、話って何?」

 

前屈みになって座っていた体を起こして肘掛けに両手を置くと司は気楽そうに呟いた。

 

「知らねえけど、大学のことじゃん?」

「ことじゃん?って、―――何なのいったい・・・」

「行く、行かないはお前が決めろよ。――俺はそれによって動くから」

 

ブチブチ文句を言うつくしを見て司はニヤッと笑いながら不敵に呟いた。

 

「ま、俺の人生、お前次第ってわけだ」

「ちょっと、それって脅しのつもりっ!?」

 

ぎゃーぎゃーわめく声が部屋中をこだまする。

 

ドアの外で聞き耳を立てていたタマは1人頷いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

7.

 

 

夜、早めに道明寺家に着いた楓は、目の前に立つつくしを無表情のまま見つめた。

 

「話は聞いたようね」

 

無言で促され書斎に入ったつくしは勧められるままソファに腰を下ろして話を続けた。

「どういうことですか?――意味、分かりますよね」

「何か不服でも?あなたのご両親は了承済みですけど」

 

動じた様子も見せずに淡々と話し続ける楓に目を向けた。

 

「どうして・・・今まであんなに反対していたじゃないですか!」

「ええ。でも、主人が同意してしまったから仕方がないでしょう?反対するのは諦めたわ。

けれど、私から見て、やはり今のあなたでは道明寺に相応しい人間とは思えないのは確かね」

 

「だったら!」

「だからこそ」

二人の声が重なり合った。つくしは口を閉じ、楓が続けた。

 

「だからこそ、私の管轄下に置いてこの道明寺家に相応しい女性になって頂く事にしたのよ」

「はぁ?」

「司と一緒にNYに来て頂きます。そして、高校に通いながら空いた時間に礼儀作法などを学んで頂いて卒業後は一年間大学で経営学の基礎と、

二年目からは大学に通いながら、私の下で働いてもらうわ」

 

絶句するつくしに、尚も楓は続ける。

 

「元は取らせて頂かないとね。――それから、司と付き合うという事は、世界をも相手にするという事です。最低でも英語位は出来ないと話にならないわ。

そうなるとやはり留学は必要不可欠でしょう?」

 

「付き合いを認めてもらう代わりに、あなたの言う通りにしろという事ですか?」

「まあ、そういう事になるかしら。これは、ビジネスだと思って頂ければ結構よ」

 

つくしは考えながら呟いた。

 

「道明寺は、この事――」

「もちろん、知らないわ。あの子は、自分が言った条件に私たちが仕方なく了承したと思っているのよ」

 

そして、一瞬だが、楓の顔には、母親らしい、苦笑が浮かんだ。

初めて見るその顔を物珍しそうに眺めるつくしに気付いた楓は、急いで元の表情に戻し、そういう事情ですから手加減しませんよ、とぶっきらぼうに言い捨てた。

もしかして、照れてる・・・?つくしは浮かんできそうになる笑いを堪えて、意を決したように言った。

 

「分かりました。受けて立ちます!!」

「契約成立ね。では、これは家に帰ってから確認して頂戴」

 

ブリーフケースの中から書類一式の入った封筒を取り出してつくしに渡すと話は済んだとばかりに背を向けてデスクに向かった。

 

「ハイ!失礼しました」

 

つくしは大きくお辞儀をすると、ドアに手をかけ出て行った。

 

と、すぐにまたドアが開き、何事かと思う楓に、

 

「ありがとうございます」

 

と微笑みながら言って、今度は本当に帰っていった。

 

 

 

「――ビジネスだって断っておいたのに、お礼?」

 

一瞬、呆気に取られていた楓だが、軽く咳払いをして浮かびそうになる笑みを押し戻した。

 

 

 

 

 

 

その夜、つくしが両親のアパートに立ち寄ると、狂乱の舞を踊り興奮した様子の両親に出迎えられた。

 

「つくし、話は聞いたわよ!ああ、初めて、娘を持った喜びで胸が一杯になったわ」

「パパはすっごく嬉しい!NY、いいじゃないか。行って来なさい」

 

そうして、つくしを横に、やれ海外旅行だ、やれ別荘だとか、夢の老後を描き始めていた。

 

(もしかして、ある意味ウチの両親も、子供を道具扱いしてるのかも・・・)

 

両親の態度に呆れつつ、つくしはクギをさして置いた。

 

「あのねえ、別に結婚するわけじゃないの。一緒に留学させてくれるだけでしょう」

「え、でも、この間、道明寺様の・・・」

「パパ!!――これから付き合ってくうちに、玉の輿への道を進んでもらえばいいのよ」

 

母親は、つくしに見えないように、父親の背中の肉を抓んで黙らせた。

 

 

 

先日、楓から電話をもらい、留学についてや将来についての話はしてある。

前に家に来た時の楓の行為は、やり過ぎとはいえ、同じ子を持つ親として、なんとなく理解はしていたのだ。

それに、謝罪もきちんとしてもらい、わだかまりは消えていた。

 

 

どうやら、司の両親は付き合い以上の事があっても認めるつもりでいるらしい。

しかし、まだそこまで話が進んでいないうちから、その事を子供たちに持ち出すつもりはないらしく、つくしに余計な事は言わないようにと念を押されていたのだ。

まあ、それは向こうの勝手、千恵子は発破をかけるくらいはいいだろうと考えていた。

 

「いいこと、つくし。NYに行く前に、これだけは言わせてもらうけど・・・」

 

改まった口調の母親に目を向けると、つくしはいやな予感がしはじめた。

 

「途中で逃げ出すんじゃないわよ。そして、必ずや、道明寺様をゲットすんのよ!!」

 

瞳を輝かせ断固とした調子でつくしに厳命する千恵子にやっぱりと憂鬱な表情を浮かべた。

そんな感じでつくしの両親は予想通り簡単に海外行きを認めた。

 

 

 

 

 

 

8.

 

 

「マジ? 司とNYに行くって??」

 

大学のカフェに、F4とつくしが座っていた。

あきらは目を真ん丸にして驚いていた。

 

「じゃ、司の両親、お前の事認めたのか?」

 

昨日の楓の言葉を思い浮かべたつくしは、ちょっと、違う気がするとだけ答えておいた。

類は頬杖を突きながらテーブルの上のグラスに視線を落として口を挟んだ。

 

「牧野いないならNY行かないとか、司が駄々こねたんじゃないの?」

「類、てめえー」

 

つくしはカップを両手に挟んで、図星をさされ青筋を浮かべながら類に文句を言う司を横目でちらっと見る。

 

「ホントの事でしょ。でも一緒に行くって言っても学校違うし、色々課題があるみたいだからそうそう会う暇ないかもね」

 

驚いた顔をして自分を見ている司と目が合った。

 

「なんでだよ、何、言われたんだ?」

「とりあえず高校に編入でしょ、余った時間に礼儀作法とかマナーとかの個人レッスン。

大学に通い始めたら今度はあんたのお母さんの下でバイトさせられるみたい」

 

ふう、と軽く溜息を付く。華道、茶道、テーブルマナー、会話術と、指を折りながら数えるように司に教える。

 

家について楓から渡された封筒を開けて見ると、学校のパンフレットやサマースクールの案内状、

その他上記のカリキュラムが事細かに書かれた予定表が入っていた。

さすが道明寺楓、抜かりがないわと思いながらつくしは密かに闘志を燃やし出した。

 

「いい、道明寺!あたしも頑張るんだから、あんたもしっかり勉強しなさいよ!?」

「ああ?めんどくせーな。そんなもん適当でいいだろ」

 

いい加減な返事をかえす司に発破をかけるつくし。

 

 

言い合いを続ける二人を横目に、あきらと総ニ郎が顔を近づけヒソヒソと内緒話をはじめた。

 

『これって、結婚まで認めちゃってるってことだよな』

『だろ。花嫁修業の一環だよな』

 

 

類はグラスに挿してあるストローをもてあそびながら、ボソッと付け足すように言った

 

「あのさ、俺もNYに行くよ」

 

類の言葉に、その場の全員が目を丸くした。

 

「俺も、親父に勝手に決められた。まあ、司と牧野もいる事だし、いいかもね」

「お前まで?うそだろ! じゃ、英徳に残んの、俺とあきらだけなのか?」

「だね」

 

総ニ郎の問いにあっけらかんと相槌を打つ。

「だねって・・」

「そーいう訳だから、司も牧野もまたよろしく」

 

いじっていたストローを離すと、ニッコリと優しい笑みを浮かべて二人をみた。

 

「そっか、花沢類も来るんだ」

 

嬉しそうな顔をするつくしに、類は笑顔で答え、司は面白くなさそうにそれらを見ていた。

 

 

 

あきらと総ニ郎は、再び顔を近づけ内緒話をはじめた。

 

『見ろよ、あの三人。・・・なんか、面白そうな展開だな』

『ああ、けどよ、類、牧野にまだ気があんのか? 牧野も喜んでるようだしよ』

『ちょっと、表出て考えようぜ』

 

司とつくしと類の3人がNYの事などを話している最中に、あきらと総ニ郎は立ち上がった。

 

「わりーな。ちょっと野暮用できたわ」

「俺ら、先行くぜ!」

 

じゃな!と機嫌よさ気に軽く手を振り、カフェを出て行く2人。

 

カフェから外に出ると、総ニ郎とあきらは歩きながら作戦を練り始めた。

 

「で、どうするよ。うちの親はとりあえず2年くらいは行かせてくれそうだけどさ」

「そーいや、この間NYのお偉いさんが来て、親父に俺を留学させてみないかっていう話をしてたぜ」

「よし、俺らも行くか?」

「あいつらには、もちろん内緒でな」

「久々に楽しくなってきたぜ!」

 

ポケットに手を突っ込むと二人は怪しげな笑みを浮かべはじめた。

 

 

 

 

 

カフェを後にした司とつくしは、キャンパスを通り抜け、正門までを歩いていた。

 

「牧野、嬉しそうじゃねえか・・・」

 

弾んだ足取りで横を歩くつくしに目を落として司はふて腐れたように呟いた。

 

「何が?」

「――類がNYに来る事だよ。あいつ、英語ペラペラのくせに何で今更留学の必要があるんだ」

 

納得いかないように眉間に皺をよせる司を見上げたつくしは、知った顔が増えると嬉しいでしょと取りなすように言った。

そりゃそーだけどと一瞬機嫌を直しかけた司だったが、つくしが思い出したように花沢類のマンションNYにあったよねと言うのを聞いて再び仏頂面に戻った。

 

「なんで、お前がそのこと知ってんだよ?」

「なんでって・・・。前に、NYで道明寺に追い返されたでしょ、あの時偶然花沢類に会って、落ち込んでるあたしを心配して泊めてくれた事があったんだ」

「なっっ・・・!? お前ら、そんな事してたのか」

 

ショックで立ちすくんだ司に気づかずにつくしは歩き続けた。

 

「かなりへこんでたから、気を使ってくれたみたい。――そういえばトーマスにも会ったんだよね。NYって、今考えると楽しい事も少しあったんだな」

 

 

ニコっと笑みを浮かべて隣を見たが司が居ないことに気づき周囲に目を走らせる。

後方に立ち止まったままの司を見つけて数歩後ろに下がった。

 

「俺は、あの時の事に関しては文句は言えねえけど」

 

すっげえ、おもしろくねえ、と拗ねた様に呟いた。

また類に借りができたじゃねーかと心の中で思いながら・・・。

 

あまりにも拗ねた様子が子供っぽくてつくしは小さく吹き出した。

笑うんじゃねぇと怒鳴る司の腕に手を伸ばすと真面目な口調で言った。

 

「ちょっと、道明寺、分ってる? あたしがNYに行くって決めたのは、やっぱりあんたと一緒にいたいと思ったからだよ」

 

 

真っ直ぐに自分を見つめる臆することのない黒目がちな瞳。

司は髪をかき上げると、結局俺はこいつのこの目に弱いんだよなと考えた。

 

 

「――しょーがねーな。じゃ、もっかい言ったら、ほかの事は忘れてやるよ」

「何を?」

「なんでNY行きに同意したかだよ」

 

つくしは悪戯っぽく笑った。

 

「花沢類のことは好きだよ」

 

ピキッ! 司の顔が怒りで青ざめる。

 

「友達としてね。――で、道明寺、あんたのことは・・」

 

ちょっと屈んで、とお願いすると、耳元に一言囁く。

 

瞬間、怒りがさっと消え真っ赤な顔をする司であった。

 

 

 

 

 

 END.