BOND
 
   

 

 

 

 

1.

 

道明寺グループのビルの最上階にある会長室には、司の家族である、諒、楓、椿の三人が集まっていた。

 

「楓、君は司に一年間の自由を与えたそうだね」

 

諒は葉巻を軽く燻らせながら、淡々とした調子で話し出した。

 

「勝手な事をして、すみません」

 

『鉄の女』 と異名をとる楓であったが、この頃、少し門が取れてきた感があった。

椿がそれに気付いたのは、つい最近、司が島の帰りに刺された後の事だ。

あの時までは、母にも愛情があったとは感じられなかったのだが、ここ最近の態度で、それは間違いだった事を知った。

 

 

「お父様、お父様は反対なのですか?」

「何に、だね?」

「司が日本に残る事や、・・・つくしちゃんとの事ですわ」

 

諒は、面白そうな顔で椿を見やった。

 

「つくしちゃん?」

「ええ、司が今付き合っている女の子ですわ。知ってらっしゃるのでしょう?」

 

椿は、少し落ち着かない様子で語気強く言った。

諒は、組んでいた足を外し膝に両肘をつくと手を組み合わせ顎を乗せた。

 

「牧野つくしちゃん。椿もお気に入りみたいだね。・・・楓はどうだい?」

「私は、おかしな娘だと思いますわ」

 

 

NYで、契約の難航していた相手先の会社に突然現れ、そこの会長との仲介をした時に言っていた『魔法の言葉』。

私は馬鹿馬鹿しいと思っていたのに、あそこの会長も椿同様つくしを褒めまくっていた。

 

 

 

それから、数ヶ月前に起った事件。

司の手術中に、私が言った言葉に剥きになり平手を打った行動。

そういえば、その後、あのぬいぐるみを手に、わざわざ追いかけて来て謝罪と司の無事を知らせに来たわ。

 

 

普通の娘なら 『鉄の女』 といわれる私に恐れを抱いて、歯向かう事などまずはありえない。

それなのに、あの娘は私のする事全てに反発し、挙句の果てには「くそばばあ」呼ばわりしたり、お茶を掛けたり、平手打ちまでして。

今でも時折、理解しがたい気持ちでそれらを思い出してしまう。

 

――本当に、変わった娘だわ。

 

「 『おかしな娘』、確かに私が調べた内容を照らし合わせると、その通りと言えるね」

「お父様も、調べていたのですか?!」

 

顔色を変え、驚いたように諒を見る椿に当然だろうという顔をして頷いた。

 

「あいつは、すぐに馬鹿な事をしでかす息子だからな。きちんと監視しておかないと、後々困った事態になりそうだしね」

「たしかに、司は馬鹿で短絡的で直ぐに暴力を振るう人間でしたが、今は違います!」

「――そうね、少し落ち着いてきたようだわ」

 

思いも掛けない楓の言葉に目を丸くさせる椿。

諒は、落ち着いた様子で言葉を続けた。

 

「君達は、それが『牧野つくし』という少女の影響だと思っているようだね」

「私はそう信じていますわ!」

 

椿の真摯な眼差しを受け、諒は小さく笑いながら言った。

 

「椿。私は、自分で確認しないと信じられない性質でね。――時間がとれ次第、日本に数日だけお忍びで戻ろうと思うのだよ」

 

この言葉には楓、椿の両者共驚いて見せた。

 

「一体、どうするつもりですか、お父様?」

「・・・言っただろう?自分の目で確認するんだよ。その、少女の事をね」

 

諒は軽く笑みを浮かべ、椅子を回転させると、窓から見えるNYの街角を眺めた。

 

 

 

 

 

 

2.

 

NYの道明寺一家が密かな企みを話し合っていた事を知らないつくしは、相変わらず日々バイトに明け暮れていた。

 

両親は一応スーパーの仕事を続けてはいた。しかし毎月の給与が安いため、やはりつくし自身も働かない事には生活出来ない状態なのは変わらない。

 

あと ほんの少しの間。

あたしが高校を卒業すれば馬鹿高い授業料を払わなくてすむようになるし毎月の小額の寄付金も必要なくなる。

あと数ヶ月の我慢!

 

 

呪文のように頭の中で唱え続け、毎日、自分に渇を入れていた。

奥の倉庫から包装紙を抱えてカウンターの中へ戻ってきた優紀が声をかけてきた。

 

「つくし、それでどうなのよ」

 

数の少なくなった団子の補充をしているつくしに笑いながら声をかける。

つくしは何の事を言われているのか分からず僅かに眉に皺をよせ考えてみたが思いつかない。諦めて聞いてみることにした。

 

「どうって、何が?」

「この間の連休、携帯掛けても繋がらなかったから。――道明寺さんと、行ったんでしょ? 旅行」

 

 

つくしは手に持っていた補充用の団子の乗ったトレイを危うく落としそうになった。

急いで持ちかえると棚にしまいこみ、優紀に顔を向け焦ったように早口で話した。

「な、何?急に。 いっ、行ったけど、それだけよ! 

リゾート地でね、た、楽しかったよ・・・あは、はははっ」

 

ニヤニヤ笑いを浮かべる優紀は、動揺しているつくしに確信を突く一言を放った。

 

「ふ〜ん・・・何か、あったんだ?」

「な、何かって、何?!」

 

カーッと、赤くなりながら語気強く言い返すが、優紀は尚も攻撃の手を緩めずに言葉を続けた。

 

「フッ、フッ、フッ。常夏のリゾート地に、二人っきり。何をするかって決まってるじゃない」

「え、と・・・さ、散歩?」

 

つくしは上ずった声で、訳の分からない答えを返した。

その答えを聞き優紀は大げさに溜息を付くと、じっと顔を見つめ呆れたように呟いた。

 

「散歩って・・・」

「なによ!? に、西門さん達みたいな事言わないでよ!なんにもない!絶対ない!ホントだよ」

 

この間、例のごとくあっさりF3にバレ、散々からかわれた後だったので、つくしはこの話題に関して妙に神経質になっていた。

しかし、否定すればするほどかえって怪しく感じられるという事には気付かず、全面否定を続けた。

 

「ふーん。今後の参考までに聞いておこうと思ったのに」

「何を?!」

「は・つ・た・い・け・ん!」

「ゆ、優紀!?」

 

耳まで真っ赤なつくしの顔を見て思わず吹き出した優紀を、恨めしそうな目で見ていると、そこへ団子を買いに来た客が店内に入って来た。

助かったとばかりに接客を始めるつくしは、いつもより丁寧な対応でお客に接した。

 

今は夜7時を回ろうとしていた。

先程の客が帰ると、奥から店長が顔を出し、上がるように指示した。

 

 

 

 

 

 

帰り道、優紀と別れ、一人アパートへと足を向けはじめたつくしは、目の前に年配の男性が座り込んでいるのを目にした。

行き交う人々はチラチラ目をやるが、あえて話し掛ける者はいない。

困っている人を放っておけない性分のつくしは、近づいて声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

 

声を掛けられた男は、驚いた顔でつくしを見つめた。

 

「は?」

「はぁ?」

 

声を掛けられた男の返事に驚いたつくしは、同じ返事を返していた。

しかし、声を掛けたからにはこのまま立ち去るわけにはいかないと、思った事を口に出していた。

 

「あ、あの、座り込んでいるので、具合でも悪いのかと思いまして」

 

男はつくしの説明で、納得したようにポンと手を叩くと、

 

「いや、ただ疲れたので座っていたのだけど・・・皆ジロジロ見てたのはそういう訳だったのか」

と、一人我点がいった様に頷いていた。

 

(やば、この人、ただの酔っ払いかも・・・)

 

急いで、言い訳を探し立ち去ろうとしたつくしに男は言葉を続けた。

「実は、駅前でスリにあってね。捕まえようと走ったんだけど・・・年のせいかここまで来るのが限界だったんだ」

 

疲れて座りこんでいた理由は分かった。淡々と他人事のように語る言葉に最初は黙って聞いていたつくしだが、よく考えれば犯罪にあった直後の事だと気付き声を上げた。

 

「す、スリ?!駅前からココまでって、結構、距離ありますよ!って、そんなのどうでもいいですけど、警察には、連絡しましたか?」

「うん。連絡は走りながらしておいたけど、まあ、もう無理だろうね。とりあえずカード関係は連絡済みだから、諦めるよ。・・・結構お気に入りの鞄だったんだけど」

 

そういうと、ゆっくりと立ち上がり、ズボンに付いた埃を手で軽く払った。

暗がりの中、辛うじて輪郭を捉える事しか出来なかったが、かなり背の高い人物らしく、つくしは見上げるようにして顔を上げた。

 

「その鞄、どんな物だったんですか?」

 

つくしは男の少し沈んだ様子が気になり、知らず知らずの内に声を掛けていた。

 

「なんで?」

 

男の表情は見えなかったが、少し訝しそうにしているのは雰囲気で感じ取った。

 

「いえ、大事な鞄だったのではないかと思いまして」

 

つくしの言葉に、クスッと声を出して笑うと、探してくれるの?と冗談を言った。

言われた方のつくしは、もちろん額面通りに受け取っていた。そんな事には気付かない男は、つくしのお人好しのツボを押さえた事を話し出した。

 

「大事な・・・というか、家内が初めてくれた物なんだよ」

 

最初で最後のかもしれないねぇ、と小声で呟くと、苦笑を浮かべた。

 

「そんな、大事な物なら、やっぱり探さないと!」

「・・・」

「どんな形でどんな色ですか?」

 

そういうと、鞄からペンと紙を取り出し、書いてくださいと、男に突き出した。

男の方は、小首を傾げ、ペンを受け取ると、サラサラと素早く書き込み、こんな感じかな、と独り呟きながらつくしの方に紙を差し出した。

 

「でも、そんなに剥きにならなくても、また買えばいいだけだし」

 

と、ペンを返しながらつくしに言った。

つくしはキッと睨むと、思い出は買い直せません!と、凄い気迫で言った。

突然、男の口から、吹き出す音が聞こえた。そう、男は爆笑していたのだ。

 

「ちょっと、おじさん!何笑ってんですか?!」

 

「ぷくくく・・ご、ごめん。ちょっ、おかし・・くすくす」

 

最初は怒っていたつくしだったが、あまりにも馴染みの深い反応をされた為か、呆れて笑い続ける男を暫く見ていた。

数分後、笑いの発作が納まってきた男は、申し訳なさそうに謝った後、言葉を続けた。

 

「もう7時を過ぎているね。こんな暗くては、どちらにしても探すのは無理だよ。

それに、こんな遅くにその辺をうろついていては君の方が危ないだろうし、気にしないで帰りなさい」

 

「あたし、この道毎日通るんです。だから、明日、帰りがてら探してみます」

 

「え、いや。――ホントに大丈夫なんだけど」

 

「なんか、おじさんって友達に似てるかも。そのせいかな、他人事に思えないし。――・・・そうだ、もし、見つかったら、何処に届ければいいですか?」

 

「う〜ん、じゃあ、ここに」

 

と、財布から名刺らしきものの束を取り出すと、店先からこぼれる薄明かりを頼りに、数枚見つめるとその中の一枚を差し出した。

 

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    アトリエ****    

  代表取締役 佐伯 幸一

 

  東京都渋谷区松涛×××-×× 

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受け取った名刺をメモと共に鞄の内ポケットへしまうと、顔をあげ目の前の人物に目を向けた。

 

「分かりました!じゃ、おじさん、気をつけて」

 

見つかったら届けますね!と大声を上げながら去っていくつくしを眺め、男はぼそりと独り言を云った。

 

「変わった子だな」

 

 

        

 

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