<BLUE> 

 

 

 

 

 

 

「…ひとつ…ふたつ…みっつ……」

 

―――――――昼休み。英徳学園高等部の非常階段。今日もいつもの場所に腰を下ろす。

この4月に大学部1年生になったはずなのに、彼は毎日と言っていい程この場所に来ていた。

 

彼は眠そうな目でぼーっと空の方を見ると、空に浮かぶ雲の数を数え始める。

優しい春の風が彼の茶色い髪をふわりと撫でた。

 

 

「…よっつ、いつつ…むっつ…」

 

遠くの方からばたばたとこちらへ向かって来る足音が聞こえる。

 

「ななつ…やっつ…」

 

足音はどんどん大きくなって…非常階段の入口の前まで来るとぱたりと止んだ。

 

「ここのつ……と…」

 

ばーんと扉が勢いよく開く。

 

「…うわっ、花沢類! 来てたんだ」

 

息を切らして立っていたのはつくしだった。類は少し呆れた顔で彼女を見る。

「…相変わらず牧野はにぎやかだね…何かあったの?」

 

つくしは「あったも何も…」と苛ただしげに床に座りこんだ。

 

「クラスメートに馬鹿にされたのよっ! あたしのことだったらいいんだけど道明寺のことまで…

あいつらあいつが目の前にいると媚びるくせに、いないとなるとあたしに聞こえよがしに悪口言ってさ…」

 

「…で、どうしたの?」

 

類は怒り狂うつくしの顔を見ると、くっくっと笑いを噛み殺す。つくしはバツが悪そうな顔をした。

 

「…もちろん、やり返したけど…」

「やっぱ、それでこそ牧野つくしだな」

「なによう、花沢類まであたしを馬鹿にして」

ぷうッと頬を膨らませるとつくしは類を少し睨んだ。

 

「…そういう花沢類こそ、大学生になったのにここに来てるなんて変じゃない?噂になってるよ。毎日いるって」

 

「…別に。大学部の方はさ、ここみたいにいい場所はないんだよ。それに…」

 

「それに?」

 

「…ここに来るとさ、牧野に会えるから」

 

そう言うと類はにっこり笑ってつくしを見つめる。

はっとしたようにこちらを見るつくしの顔がだんだん真っ赤になっていくのがわかって…類は湧き上がってくる笑いを抑えることができなかった。

 

「ぶはっ…すげー真っ赤…ごめん、もう我慢できないや…」

 

笑い続ける類につくしはとうとう怒り始めた。

「…いい加減にしてよねッ!」

 

「ははは……ごめんごめん…でも最近、牧野かわいくなったんじゃない?」

「まーた人のことからかって。もうその手には乗りませんから」

つくしはぷいっとそっぽを向く。

 

 

「いや、これはマジ。おまえかわいくなったよ。…司のお陰だな」

つくしは「じゃ、さっきのは嘘?」と少し呆れた顔で類を見る。

「…あたしはいい女になるべく日々努力してますから。別に道明寺のお陰じゃないもん」

 

 

相変わらず素直じゃないなあ…と類は思う。

以前この場所で類がカットしたつくしの髪は、初めて出会った頃ほどではないが確実に伸びていて…

時間は流れているのだと実感する。そして人の気持ちも…

 

 

 

 

「…髪…また切ってやろうか?」

そう言うと類はつくしの黒髪を見た。つくしは首を横に振るとふっと笑う。

 

「実は…伸ばすことにしたんだ。別にロングヘアが好きってわけじゃないけど…」

「ふーん…じゃ、何で?」

 

類の問いにつくしは少し嬉しそうに目を細めた。

「…花沢類、ホント変わったね。前は『他人のことなんてキョーミない』で会話終了してたのに」

 

変と思うかもしれないけどそうやって聞いてくれるのは嬉しい、とつくしは伸ばし始めた自分の髪に触れる。

 

 

「髪が長かった頃のあたしに戻れる気がしてね…あの頃のあたしは今のあたしより強かったから…」

 

「…あんまし変わんないと思うけど…牧野は牧野だよ」

 

類はそう言ってつくしを見る。その言葉に一瞬はっとした顔をしたが、つくしはすぐに否定した。

 

「…ううん…あたし、弱くなった…」

 

 

 

 

 

類がさっきまで数えていた雲は、いつの間にか風に流れてもうなかった。

つくしは遠い目をして空を見上げる。

 

 

 

 

 

「あたしってね、守られると弱くなっちゃうんだ。守られてばかりだと無意識の内に頼っちゃってるのがわかるから…そういう自分は嫌いなの」

 

類はぽかんとしてつくしを見る。

「…女って、普通男に『守られたい』って思うんじゃないの?」

 

「そうかもしれないけどさ…。あたしは相手といつも対等でいたいから。『守って欲しい』って気持ちがないって言ったら嘘だけど、

…あたしだって相手のこと『守りたい』って思うもん。そりゃ、女だし力は男に負けるけど…

女だからっていつも『守ってやらなきゃ』って思われるのは何かくやしいから…」

 

牧野らしいね…と類は笑う。司は納得しないんじゃない?と聞くと、つくしは小さな溜息をついた。

 

「…呆れた顔してた…」

 

やっぱり…と苦笑する。司の気持ちもわからなくはないけれど…つくしの言うことも類にはよくわかる。

 

(それでも…司は牧野しか駄目なんだろうなあ……そして牧野も…)

 

司と付き合い始めて以前より綺麗になった彼女を見ながら類はぼんやりと思う。

 

 

 

 

「…そろそろ授業始まるし、俺、行くよ」

「そっか、大学は始業時間違うもんね。私もそろそろ行こうかな」

 

 

類は立ち上がると非常階段を一段、二段と下り始めた。

そして何か思い出したようにつくしを振り返る。

 

 

 

「…さっきのこと、別にからかったわけじゃないから」

 

「何が?」

 

(…司が苦労するのもホントわかるな…)

 

 

類はくっくっと笑うと、きょとんとした顔でこちらを見ている彼女に笑って手を振る。

 

 

 

「…お前に会いにここに来てるってこと。じゃあね」

 

 

 

つくしはまた顔を赤くさせると、複雑な気持ちで類の後姿をずっと見送っていた。

 

 

 

 

 

fin.