<月だけが見ていた>

 

 

 

 





 二人でならどこにでも行けそうな、とても月が綺麗な夜だった・・・・・・。夜の雑踏の中を手をつないで歩いていく。
何度も頭の中で繰り返し描いていた、大切な人との時間が今はつくしの手の中にあった。

 

仲間が開いてくれたパーティーを抜け出して、司はつくしの手を強引に引っ張り歩いていく。



「…ねぇっ、どこ行くのよっ!」



「どこでも」

 


 


記憶喪失になったなんて最初からなかったみたいに、以前と変わらない優しい眼差しでつくしを見つめる司に
つくしは胸が一杯になって何だか泣きたくなった。




…このまま時間が止まって欲しい…




司の母親との約束は1年間。1年後には司はNYに行かなければならない。
「そんなのぶっちぎる」なんて言ってるけれど、あの母親がそう簡単に見逃すわけは無いだろう。



「おい?何だよ、さっきから黙っちまって。とりあえずどっか行こうぜ。どこがいい?」



司の声につくしははっと我に返る。



(・・・・・・そうよね、せっかく二人きりになれたんだもん。今は楽しまなくっちゃ・・・)



「そうだね…うーん……そうだ!ねぇ、あんたんちのクルーザー、乗りに行こうか?久しぶりだしさ」

つくしの提案に司は少し嫌そうな顔をした。



「…別にいいけど海なんて今行ったってさみーぜ。それにあんまりいい思い出ないし…」


「…それもまあそうだけど…でもあたし達、あんたが港で刺された時からずっと時間止まっちゃってたから、
あんたとまた関係をやり直すにはいい場所かなって思ったの!でもあんたが嫌ならやめるよ?」


あの頃のことを思い出したのか、少し俯いて言うつくしの言葉に司は小さなため息をつくとつないだ手を強く握った。



「…じゃ、海行こうか」










 

夜の海は何もかも飲み込んでしまいそうで少し恐くて…ただ月の光だけが二人を優しく照らしていた。



…この船に乗るのは何回目だろう?



つくしは久しぶりに見た道明寺家のクルーザーをゆっくりと見渡す。
以前来た時と何も変わっていない部屋。でも確実に変わったのは、つくしの中でゆっくりと育っていった司への気持ちだった。




「牧野、乾杯しようぜ」


「うん」


カチンとグラスをぶつける。一口だけ飲んだワインは少し甘ったるい味がした。





(…道明寺が笑ってる…ホントに…夢じゃないんだね…)





気が付くとつくしはぽろぽろと涙をこぼしていた。司は驚いてつくしを見る。



「うおっ!もう酔ったのか?おまえ何泣いてんだよ。こんなめでたい日に。」


「うっ、うるさいわねっ。勝手に出てくんのよっ、しょうがないでしょっ。」


真っ赤になって涙を拭くつくし。持っていたグラスをテーブルに置くと、司は彼女を優しく抱きしめた。



「…ホントごめん、今まで…。頼むからさ…今日くらい泣くなよ。これからはそばにいるから…」



背中をなでる司の大きな手。つくしは安心したように目を閉じると司に身体を預けた。






何度も心の中で繰り返していた想いがあった。諦めかけたこともあったけれど・・・・・・
またこうして二人で同じ時間が過ごせることがつくしには何よりも嬉しかった。



つくしは心からの想いを言葉にして司に伝えた。



「道明寺…好きだよ」



つくしの告白に、司は一層彼女を抱きしめる腕に力を込めた。



「…俺も」






(…あたし達、ここからまた始まるんだ…)






好きで好きで、泣きたくなる程の強い想いを込めるようにして何度も唇に触れる。




「牧野…」




強く抱きしめられても名前を呼ばれてもこの現実が嘘みたいで、つくしはその存在を確かめるようにありったけの力で司に抱きつく。





(もう離れ離れになるのは嫌…)





「…道明寺…」





言葉にしなくてもお互いの考えていることがわかる気がして…


















…また一つ、新しい想いを確かめるために目の前の愛しい人の手を取る。




さっきよりも少しだけ傾いた月だけがゆっくりと重なる恋人達を見つめていた。








                                                            fin.