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倒れたピョン美はどうやら意識を失っているだけらしいということがわかり、とりあえずほっとしてピョン美の部屋を出たルイ王子は、
ツカサ王子と商人が待つ部屋へ向かいました。


ツカサ王子から全ての事情を聞いた商人が、暗い表情で肩を落としていました。

「そうデスか・・・・・・そんなことが・・・。」

「・・・すみません。」

申し訳なさそうに謝るツカサ王子に、商人は首を振ると口を開きました。


「いいんデスよ。・・・あれは元々、人からもらった物デスし・・・。」

「もらった?」

二人の王子が怪訝な表情をして聞き返しました。

「ええ、商売の調子があまりよくない時に、占い師と名乗る女性から
『あなたはこのまま放っておいたら、どんどん不幸になるよ。それではいけないから私が幸せをあげよう』と言われて・・・。
やっぱり、知らない人から物をもらうべきではないデスね。
多分、あのボールは彼女の幸せを吸い取ったものだったんデスヨ・・・。アア、どうしよう・・・。」


ガックリと項垂れる商人の肩を、ルイ王子が優しく叩きました。

「・・・帰りにヴィーセル国へ寄ってください。僕からの手紙をあなたに渡します。
これを僕からだと言ってもらったら、父と話が出来ると思いますので。
ヴィーセル国はちょうどあなたのような方と取引をしたいと思っていたんです・・・」

 

ルイ王子の言葉に商人は顔を上げて目を丸くすると、涙を流して喜びました。















(頭痛い・・・。)

目が覚めたピョン美が体を起こすと、自分がいつもと違うことに気付きました。
肩までの長さだった髪は背中の真ん中あたりまで伸び、ついさっきまで全く思い出せなかった家族の顔を思い出すことが出来ました。


(・・・どうして忘れていられたんだろう・・・。)

他に忘れていることがないか考えていたそのとき、急に部屋のドアが開けられました。

 

「お、起きたのか。よかったな。」

 

ツカサ王子は部屋に入ると、ピョン美のそばに近づいてきました。

「あ、・・・うん。ありがと。」

「・・・なんだ?いつもなら『ありがとピョン』って言うくせに。やっぱり直したのか?」

あれは、かなり恥ずかしかったもんな〜と言うツカサ王子に、ピョン美は顔を赤くすると怒ったように言いました。

「直したわけじゃなくて、なくなったの!」

 

同時にピョン美のお腹から『ぐぅ〜』と音が聞こえて一瞬の沈黙のあと、
ツカサ王子はポカンとすると、真っ赤になってうつむいたピョン美の頭をポンポンと撫でて笑いました。

「・・・くっくっ・・・おまえ、やっぱり面白い奴だなぁ〜。」

「・・・・・・。」

「最高の誉め言葉だと思うけど?・・・何か食べ物持ってこさせてやるよ。」


立ち上がろうとしたツカサ王子の服の端をつかむと、ピョン美はうつむいたまま言いました。

「また助けてもらっちゃったね・・・。ありがと。」

「・・・おう。・・・言っただろ?乗りかかった船だって。まあ、ルイとも幼馴染だし。・・・それに・・・」

「それに?」

 

息を吸い込むような一瞬のあと、ツカサ王子はピョン美のベットに腰を下ろすと、
何をするんだろう?と顔を上げたピョン美のあごを捕らえ、掠めるようなキスを落としました。


「!!!」

「・・・俺はおまえが気に入ったしな。」

ツカサ王子は頬を赤く染めたままそう言うと、足早に部屋を出て行きました。

 

 

 

さっき起こったことが信じられなくて、ピョン美はベッドに倒れこむと目を閉じて頭の中でリバースしていました。

(・・・えーっと、あいつがあたしに・・・)

 


「・・・ちょっといい?」

優しい声にピョン美は目を開けると、そこにはルイ王子がいました。

「あ、うん。」

「・・・ツカサが言ってた通りだ。言葉、直ったんだね。じゃあ記憶は・・・?」

ピョン美は首を振ると口を開きました。

「家族の顔は思い出せたんだけどね、名前とか・・・もちろん自分の名前もまだ思い出せないんだ。」

「・・・そう。他には?」

「うーん・・・。あるような、ないような・・・。」


ルイ王子は光の中で見てしまった光景を思い出しました。
真っ赤な口紅を塗った女が笑っています。そして、その女性は紛れもなく・・・

(・・・多分、あの商人が出会った占い師も同じ女だろう。でも、ピョン美はどうして呪いをかけられてしまったのだろう?)

 

「王子?ねぇ、王子ってば・・・。」

「ああ・・・ごめん。」

「何回読んでも無視するから、また前みたいに目を開けたまま寝ちゃったのかと思った・・・」

思い出したのか、面白そうに笑うピョン美の髪が以前より長くなったことにルイ王子は気付きました。

「・・・髪、伸びたんだね。」

「・・・あ、うん。そういえば、これは思い出したことなんだけれど・・・本当はあたし、この位の髪の長さにずっと憧れてたの。」

「へぇ。じゃ、よかったのかな?こんなに伸びて。記憶をなくす前はもうちょっと短かったんだね。」

長くなった髪を指に巻きつけながら、ピョン美が言いました。

「多分ね。・・・何で髪をのばしてたのかな…?あたし、お願いしてたような気がする…そう、何かのぬいぐるみに…。」

「へー・・・って、それひょっとして『うさぎのぬいぐるみ』じゃないかな?」

「・・・あ!!」

「ひょっとして・・・3つ目のアイテムはピョン美自身が持っていたもの?」

「・・・そ、そうなのかな?あんまり自信はないけど・・・。じゃ、今はそれ、あたしの住んでいた家にあるのかな…?」

ピョン美は一生懸命に記憶を辿ろうとしました。ルイ王子は考え込むと、やがて口を開きました。

「いや、魔法をかけられた時に取られた可能性があるかな……とりあえず、今日はもう休みなよ。」

ルイ王子の言葉にピョン美がブンブンと首を振りました。

「でも、王子。あともう少しでわかりそうな気がするの。今探しに行かないと…」

まだ決して顔色が良いとは言えないピョン美が王子に訴えます。

「…駄目だ。今日は休んで、明日一緒に行こう。起こしに来るからそれまでゆっくり寝てなよ。」

優しい瞳でそう言うルイ王子に、ピョン美が渋々頷きました。

「……うん。…ところでね、ルイ王子…あたし……」

「何?」

穏やかな顔をしたルイ王子が聞きました。ピョン美は顔を見る見る真っ赤にさせて、恥ずかしそうに答えました。

「…実は…お腹が空いて寝られないんだけれど…。」











****













翌日、元気になったピョン美と二人の王子様は、残りのアイテムを探しに森へ出かけました。

「ピョン美、そんなに早く歩いて大丈夫なの?」

ルイ王子が尋ねました。

「大丈夫!!…それになくした記憶、取り戻したいし…あたし、早く自分の名前、思い出したいんだ。」
(…それにツカサ王子の顔、意識しちゃってまともに見られないし…)

そう言って早足で歩くピョン美に、ツカサ王子が突然ポンと肩を叩きました。

「きゃぁっ!」

「そんなに驚かなくても・・・・・・見ろよあれ。ほら…。」

ルイ王子がそんな二人の様子を訝しげに見た後、ツカサ王子の指す方向を見ると…
そこにはチョコレート色の壁に巨大なビスケットの屋根、ウエハースで出来た煙突からはおいしそうなにおいが漂っている家が一軒、ありました。

二人の王子は黙って顔を見合わせると、示し合うように頷きました。

「明らかに…『罠』って感じだよね。」
「…ああ。」

「ちょっと?二人とも何してるの?行ってみようよ。」

気が付けば、ピョン美は建物のすぐそばまで行っていました。驚いた二人が追いかけようとしましたが、時はすでに遅し。
ピョン美は家のドアを開けてしまいました。

「こんにちはー。誰かいませんか?」

ピョン美の呼びかけに、誰も答えません。ルイ王子とツカサ王子が奥まで入ろうとするピョン美の手を引っ張って連れ出そうとした瞬間、
自動的にドアが閉まり、3人は閉じ込められてしまいました。
その時、誰もいないと思っていた部屋の奥から老婆の声が聞こえました。

「…おやおや誰かと思ったら、ツカサぼっちゃんですかい?ルイ王子も。」

「タマ!!どうしてここに…」

「ツカサ、知り合いなの?」

「ああ…俺を城でずっと育ててくれた人だ…」

呆然として老婆を見ているツカサ王子に、タマと呼ばれた老婆はピョン美を見るとニヤリと笑いました。

「まさかぼっちゃんと知り合いとはね…。その子の記憶がない理由をあたしゃ知ってるよ。…不運な子だねぇ。でも教えてやらないよ。
もし、どうしても…って言うなら…」

「おい!タマ!!どうしてそのこと…」

「あんたは黙ってて。…おばあさん、あたし自分の記憶を取り戻したいんです。教えてください。
どんなことでもしますから…。」


「…女に二言はないね。辛い思いをするかもしれないよ。それでもかい?」

ピョン美はタマの言葉に少し考えると、頷きました。

お菓子の家に、老婆の不自然な現れ方。ルイ王子の中で危険を知らせるサインが点滅していました。
「やめろっ!!」と言おうとした時、

「…決意は固いようだね。わかった。じゃ、見せてあげよう。」

タマはポケットから小さな水晶を取り出すと、壁に向かってぶつけました。
パリンと音を立てて砕けると、中から出てきた光が4人を飲み込んでしまいました。











****









ようやく光がおさまり目を開けると、ピョン美と王子達は見たこともない景色の中にいました。

灰色の壁に黒い道。城ではなく、変わった形の家が立ち並んでいます。
すぐそばをベージュ色の服を着た女の子が走って通り過ぎていきました。

「…あたしだ!!」

驚いたピョン美が振り向くと、またすぐに足元がゆがんで違うところにいました。

「なんだこりゃ…」

3人はまた知らない建物の前にいました。
不思議な音が鳴り、さっきの女の子とよく似た同じ服を着た若者が続々と建物に入っていきます。
どうやら向こうの人々には、ピョン美達の姿は見えないようでした。

「…学校、みたいだね。俺達の世界にもあるように…。」

ルイ王子がぼそりと言いました。
ふと3人が上を見上げると、建物の外についた階段の先にさっきの女の子と男の子が1人座っているようでした。
気になったピョン美は「近くに行こうよ」と二人の王子に合図を送りました。
向こうからこちらの姿が見えないのをいいことに、3人は階段を上がってみると…
そこにいたのはピョン美にそっくりなさっきの女の子と、ルイ王子にそっくりな男の子でした。
穏やかな空気に包まれて楽しそうに話す二人の姿に、ピョン美とルイ王子とは違うとわかっていながらも、
ツカサ王子の表情は悔しそうな、だんだんイライラしたものに変わっていきました。

その時、また空間が急にゆがんで3人は港にいました。
四角い変な箱を構えた人達がたくさんいてごった返しています。
たくさん停まっている船の中でも一際豪華な白い船の中から、ツカサ王子にそっくりな男の子と隣国のアキラ王子、
ソウジロウ王子、シゲル王女、そしてピョン美にそっくりな女の子がぞろぞろと出てきました。
3人とも驚いて口も聞けませんでした。

あっという間にたくさんの人に囲まれてしまった、自分や友人にそっくりな5人をよく見ようとしたその時、
悲鳴があがったかと思うと、辺りは騒然とし始めました。
人の波が割れ騒ぎの中心がよく見えた時、ピョン美は真っ青になっていつの間にかルイ王子の手をぎゅっとつかんでいました。

目の前にはピョン美にそっくりな女の子が、ツカサ王子にそっくりな男の子を担いで手助けしようとした人を睨みつけていました。
男の子の通った後には、大きな真っ赤な血の後が点々とついています。


やがて、けたたましい音とともに現れた白い乗り物に5人は乗り込むと、あっという間に港に人はいなくなりました。







「…何だよ、これ。」

自分にそっくりな男の子が倒れている姿を見たツカサ王子は、呆然としてつぶやくと、突然背後に現れたタマが言いました。

「これは、おまえ達の来世だよ。」

「来世!?」

タマが頷いて言いました。

「ツカサ王子をあたしが育てたように、来世でもあたしと王子は出会うんだ。そして…」

タマはピョン美とルイ王子を指差しました。

「おまえ達も。」

ピョン美とルイ王子は顔を見合わせました。

「…さて見てもらった通り、おまえ達とそっくりなあの若者達だけれど、このあと、ツカサ王子にそっくりな男が助かる見込みは非常に少ない。」

ツカサ王子がショックを受けた顔をしました。タマは話を続けました。

「…ただ一つだけ、方法がある。」

「…教えて下さい。」

ピョン美が何かを決意したように、真っ直ぐタマを見ました。

「おまえの記憶を戻さず、このままツカサ王子と結婚すればあの男は助かる。
…来世でも息子の、王子の危機を予見した奥様が、おまえが持っていたぬいぐるみに記憶を封じ込める魔法をかけたんだ。
しかし、おまえが記憶を取り戻すことはツカサ王子の死を意味し、おまえ達の未来にも少なからず影響を与えるだろう。
それでも、おまえは…」

ピョン美のことが自分の母親のせいだったことと、未来の自分がピョン美を苦しめていたことを理解したツカサ王子は
ショックを隠しきれませんでした。
ルイ王子も同じように、何も出来ない自分に腹を立て唇を噛んでいます。
そんな二人を見て、ピョン美はルイ王子の手を両手で握ると少し涙ぐんでにこっと微笑みました。




「…ルイ王子。今まで本当にありがとう。あたし、ツカサ王子のそばにいる。」

ルイ王子は一瞬目を大きくさせると、目を閉じて何かを考え、そして静かに言いました。

「・・・ピョン美…俺は……おまえが決めたことなら何も言わない。」


その言葉を聞いたツカサ王子が怒って吐き捨てるように言いました。

「いくら来世だって、俺は同情してもらわなくても……おまえ、ルイが好きなんだろ?ルイだって…」

「…好きだよ。でも、それが恋なのかはまだあたし、わからない。
生まれ変わったあとのことかもしれないけれど、あんたのこと放っておけないの。記憶は取り戻したいけれど、そのせいで人が死ぬのはイヤ。」

ピョン美はきっぱりと言うとタマに向き合いました。

「おばあさん、お願いします。」

「…本当にいいのかい?…このままじゃ、おまえは辛いだろう。
おまえの決断に免じて、この二人に出会う前の記憶まで戻そう。」

静かに頷いたピョン美が二人の王子に笑いかけた瞬間、何か言いかけた二人の王子の前でタマは杖を取り出すと、
3人の頭上で杖を振り上げました。















****













少女は気が付くと、大きなベッドの上にいました。
豪華な装飾が施された天井を見ながら、ぼんやりと考えます。

(…ここ、どこだろう?)

ゆっくり体を起こした時、突然扉が開いたかと思うと、背の高い男が入ってきました。
心配そうな、そして心の底からホッとした表情をしている男を見て、少女はたずねました。

「あの…ここ、どこですか?あなたは?どうしてあたしここにいるんでしょう?」

「…ここは俺の家だ。俺の名前はツカサ。…おまえは森の中で倒れてたんだよ。…おまえの名前は?」

ツカサ王子は身分を隠して言いました。
自分の身分のために、自分自身をまともに見てくれる女性がいなかったからです。

「…そうなんですか?すみません。ご迷惑をかけて。あたしの名前は…」

一生懸命思い出そうとしても、どうしても自分の名前が思い出せません。
いろんな人の顔は思い出せるのに、どうしてもその人達の名前や自分が誰なのかわからないのです。
少女はショックで呆然としていました。
少女の様子に、ふとツカサ王子は彼女に向かって手を伸ばすと、彼女の服のポケットからちょこんとのぞいていた植物を取り出しました。
それは小さなつくしでした。



「…ピョン美。」

「え?」

聞き直した少女が尋ねると、ツカサ王子が笑って言いました。

「…おまえの名前は『ツクシ』だ。おまえにぴったりだろ?」
多分、まだ疲れてるんだろう。身の回りのことは心配しなくていいから…ゆっくり休め。」

それだけ言うと、ツカサ王子は部屋から出て行きました。部屋の外にはルイ王子が壁にもたれて待っていました。

「ピョン美は…?」

「ああ、体は大丈夫。…やっぱり記憶をなくしてた。」

「そっか…」

寂しそうに答えるルイ王子に、ツカサ王子が言いました。

「ルイ。…もし、おまえが…」

「ストップ!!」

ツカサ王子の言葉を途中で遮ったルイ王子は、真っ直ぐツカサ王子を見据えながら口を開きました。

「…俺だって来世でおまえが死ぬ姿なんて見たくないよ。俺はピョン美とおまえが幸せならそれでいい。
…その代わり不幸にしたら、俺がピョン美を奪いに行くから。」

「…わかった。絶対に幸せにするよ。」

ツカサ王子は少し笑って言いました。











半年後、猛烈なアタックをし続けたツカサ王子についにツクシは根負けし、二人は結婚することになりました。
いつも喧嘩しているツカサが実は王子だと知った時は、ツクシは腰が抜けるほど驚きましたが…。
それでもツクシが変わることはありませんでした。

また、ツクシとルイ王子とは、ツカサ王子が嫉妬するほどになぜかとても仲良くなりました。
幸せそうなツクシを見て少々複雑な気持ちもありましたが、ルイ王子も幸せな気分になりました。



もうルイ王子は退屈ではありません。



ツクシとツクシを取り囲む人々は、ずっと幸せに暮らしました。















そしてお話は、未来へと…。
















fin

















やーっと…書き上げました。少々、内容がかみ合ってないと思いますがご容赦を。話に出てくる商人は、『キアーイ』のおじさんです(笑)ちなみに魔女は楓さんで。
こんなに長いものを書いたのは久々です。更新が遅くなり申し訳ございませんm(__)m楽しんで頂けると嬉しいです。(2004/05/02)

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