True Love



 


パンッ!

 

小気味良い音が響いて、道行く人が何事かと視線を1組のカップルに注目させる。
頬に手を当てて痛そうに少し顔をしかめている長身の男と、瞳に涙を溜めて男を睨みつけている女。
2人の間に何があったかなんて、一目瞭然だった。

 

「さよならっ!」

 

そう言って駆け出して行く女の後ろ姿を、叩かれた男――西門総二郎は深い溜息を吐きながら見送った。
叩かれた頬はヒリヒリと痛くて、振られたけれど「いつものことだ」とショックではなかった。


いつも、こうなのだ。


彼女が嫌いな訳ではない。むしろ女の子は大好きで。
最初はお互い軽い気持ちから始まって、彼が囁く甘い言葉に乗せられた彼女達が、
少しずつ彼に『彼氏としての義務』を要求してくるのだ。彼は何一つ、したくないのに。

もともとマメな方ではない。
刹那的な関係を持つのが好きなだけ。


・・・いつからこうなったんだろう?

 

手の平でまだ赤い頬を撫でていると、「西門さん」と声が聞こえた。

「・・・優紀ちゃん。」

バツが悪そうな表情をしていた彼女を見て、総二郎は先程の現場を見られていたことを悟った。


「やなところ、見られちゃったかな・・・。」


優紀は何も言わず、心なしか少し悲しそうな目で総二郎を見るとにこっと笑った。


「・・・あたし今日、つくしと遊んでて今から家に帰る途中だったんです。まだ時間あるし、よかったらお茶しません?」

「・・・ああ、そうだな。久しぶりだし。」


そう言って、総二郎はざわつき始めた胸の内を感じていた。

 

 

 


「・・・本当に久しぶりですね。」

「ああ・・・この前、司と牧野の婚約パーティ以来だから・・・半年ぶりか。
・・・何だかんだ言って優紀ちゃん、忙しくてあれから俺らの集まりにも来なかったよな。」

「ええ、仕事がちょうど繁盛期でしたし。本当はみなさんに会いたかったんですけど。」


そう言って、スプーンでゆっくりと注文したミルクティーをかき混ぜる優紀の仕草を
総二郎はまじまじと見つめると、冗談ぽく溜息を吐きながら言った。


「綺麗になったね、優紀ちゃん。周りの男が放っておかないでしょ?今、彼氏いるの?」


突然の言葉に、ガチャンとスプーンから手を滑らした優紀は、赤い顔をして総二郎を見た。


「・・・もう、いきなり何言うんですか?・・・残念ながら、今はいないんですよ、あたし。」

「へぇ、意外だなぁ。俺だったら放っておかないのに。」


取り方によっては本気とも冗談ともどちらとも取れなくも無い、笑顔の総二郎の台詞に
優紀は唇まで持っていったティーカップを下ろすと、真剣な眼差しで総二郎を見つめた。
優紀の瞳の奥が総二郎を映して、ゆらりと揺れる。

 

「・・・西門さん。まだ本気で恋愛してないんですか?」

 

 

『パンッ!』

 


頬を叩かれた音と、さっき別れたばかりの女の、睨みつけるような視線が思い出された。
彼女が俺に何を期待していたのかなんてわかっていたけれど、考えるのも向き合うことも面倒で、
気付かないフリをしていた。


それはサラの時もそうだった。
わかってる。

 

「・・・キツイなぁ。優紀ちゃん。俺が忘れてたことをわざわざ思い出させてくれるなんて。」


『だから、君みたいなタイプは一番苦手なんだ』
と、総二郎は笑顔で吐き捨てるように言った。

そのくせ、まっすぐな気持ちをぶつけてくるから・・・
軽い気持ちで近づいてくる他の女とは違うから、罪の意識を持たずにはいられない。

 

・・・図星だ。
わかっているからこそ腹が立つのだ。
総二郎は「俺が払うから」と伝票を持つと、呆然としている優紀を置いて、立ち上がった。

 

「西門さん!」

 

喫茶店を出て、スタスタと歩き続ける総二郎の後を必死に追いかけながら、
優紀は涙声で総二郎に語りかけた。

 

「・・・ごめんなさい!だって西門さん・・・、幸せそうに見えないんだもの・・・」

 

ズキン


胸の内を抉られたようで、総二郎は思わず優紀の言葉に歩みを止める。
そして、諦めたように深い溜息を吐いた総二郎は、優紀の方に向き直った。

 

「・・・参ったよ。優紀ちゃん。何で君にはわかっちゃうんだろうね。
一緒に過ごした時間は短いのに。」

「・・・西門さんは、あたしに革命をくれた人だから、誰よりも幸せになって欲しいんですっ!」


真っ赤な顔で言う優紀に、総二郎は笑いながら手を伸ばすと彼女の頭をくしゃっと撫でた。


「・・・サラのことがあってからずっと、『本気の恋はしない』って決めてたんだけど。」


どうやらもうダメみたいだ、と総二郎はそのまま優紀を抱き締めた。


「・・・え、えと、それって・・・?」


抱き締められた優紀がおずおずと顔を上げると、総二郎は何か吹っ切れたような明るい笑顔をして、
優紀の頬に軽く唇を当てる。


「!」

「・・・優紀ちゃんがよければだけど・・・俺でもいい?」

「・・・え?」

「多分、っていうか、絶対優紀ちゃんを泣かすこともあると思うけど。」

「・・・大丈夫です!こう見えてもあたし、強いですから。」

「・・・・・・本気の恋愛なんて、俺にできるかな?」

 

そう言って、自信なさそうに優紀の背中に回した腕をほどこうとした総二郎の頬を、
彼女は両手で優しく包み込んだ。

 

「あたしが保証します!」

 


そう言って幸せそうな彼女の笑顔に、総二郎も心の中が温かいもので満たされていくような気がした。

 


――見つけた、俺のファンタジスタ。

 

 

恋に臆病な男の本当の恋は、まだ始まったばかり。

 

 

 

 

fin.