忙しい中、何とか時間を作って、やっと二人きりの時間を持てた今日。
あたしの提案で、道明寺とピクニックへ行くことになった。朝早く起きて張り切って作った、お弁当の入ったバスケットを持って。
あたしが彼氏ができたら思い描いていた庶民デートに、道明寺は思いのほか付き合ってくれている。
これはあたしにとってかなり意外なことではあったけれど、すごくうれしい。あいつもやっと人並みに・・・。
「・・・おい!何でこんなに人がいるんだよっ!」
――なったはずなんだけど・・・。
彼は眉毛を吊り上げて、イライラした調子であたしに怒鳴った。周りの人達がぎょっとしてこちらを見ている。
あたしは「またか」と溜息を吐いて、道明寺の背中をぽんぽんと叩いた。
「・・・だって、しょうがないでしょ。今日はたまたま日曜日だし、こんなにお天気がいいんだもん。家族連れだって多いよ。」
「久々のオフだし、俺はお前と静かに過ごしたいって思ってたのに・・・。」
「あたしは、本当はあんたとならどこでもいいよ。ただし、庶民デートでならね。」
こいつとどこかへ行こうものなら、必ず高級店に連れて行かれるのだ。嫌いじゃないけれど、正直言って息がつまる。
育ちの違いをまざまざと見せ付けられて、やっぱりあたしは道明寺にふさわしくないんじゃないかって不安になるのだ。
道明寺はハァーッと溜息を吐いた。
「・・・普通女っていうのは、贅沢したいんじゃないのかよ。いいものを食べたいとか、いい服を着たいとか・・・」
「そりゃあ、あたしだって思うわよ。でも・・・」
2、3メートルほど離れたところにカップルがお弁当を広げて、笑顔で何か話しているのが見えた。
「ああいうのも、いいと思わない?」
あたしが目をやると、道明寺もその視線を辿る。
「・・・あたしが欲しいのは、『普通の幸せ』なの。あんたがいろいろ連れていってくれるのももちろん嬉しいけど。
でも、それだけが幸せじゃないでしょ?」
そう言って、あたしはバスケットを持っていない方の手で彼の手を握った。
「あたしはね、こうやってあんたと過ごせることが幸せなの。」
そう言ってにっこり笑うあたしを見て、彼は照れたのか無言で顔を逸らした。
「・・・何?」
あたしは道明寺の表情を見ようと、手をつないだままぐるりと彼の正面に周り込もうとしたけれど、
あいつはますます顔を赤くさせたまま、なかなか視線を合わせようとしなかった。
「何で、こっち見ないのよ。」
真っ赤になった彼をからかうのは面白い。
道明寺は顔を赤くしたまま、口元に手をやると「やべぇ」と一言呟き、空を仰いだ。
「・・・今、キスしたくなった・・・。」
「バ、バカ!何考えてんのよっ!」
彼の爆弾発言に今度はあたしが赤くなると、つないでいた手をぱっと離して、彼の背中を思い切り叩いた。
「いてっ!・・・お前がそんな顔するからだろっ!」
「そっちが想像するからでしょ?スケベ!」
「しょうがねぇだろ?かわいかったんだから。」
そう言って唇を尖らせると、彼は乱暴にあたしのバスケットをひったくった。
「ちょっと・・・」
「重いんだろ?持ってやるよ。・・・んで、どこで食べるんだよ。」
ぶっきらぼうに言う彼にあたしはやれやれと息を吐くと、また彼の大きな手と自分の手を重ね合わせた。
ぎゅっと手を握られたあたしは、確かに彼のそばにいるんだと改めて実感する。
「・・・あっち・・・」
彼が「どこだよ?」とあたしの目線までかがんだとき、あたしは彼の肩に手をやって頬にキスをした。
一瞬、「え?」という表情をした彼の手を、あたしは赤くなった顔を見られないようにぐいぐい引っ張っていく。
「・・・ったく、素直じゃねーんだから。」
背中からそう言いつつも、笑みを含んだ彼の言葉が聞こえたような気がした。
「牧野。」
呼び止められて振り向くと、すぐ目の前に彼の顔があった。あたしの言葉は彼に飲み込まれて。
「・・・・・・誰かに見られたらどうすんのよ。」
「誰も見てねーって。」
――振り回されているのは、絶対あたしだ。
ゆでだこになったあたしは、両手で真っ赤になった頬を隠しながら、彼を甘く睨む。
そんなあたしの隣に、彼は「ここにしようぜ」とどっかり腰を下ろした。
「してやったり」と嬉しそうに笑う彼の顔は、まるで子どもみたいで。
仲直りして、喧嘩して、また仲直り。
あたし達の恋はいつだって忙しくて・・・楽しいけれど、甘くない。
本当に穏やかな日が送れるのはいつになるんだろう?
・・・ね、道明寺。
あたしはそんなことを考えながら空を仰いだ。
今日みたいな晴れた日がずっと続けばいいと、祈りながら。