祭りのあと
「道明寺は、『ひな祭り』知ってる?」
「ああ、姉ちゃんが飾ってたからな。・・・あと、静もか。」
「あんたんちだったら、大きな雛壇飾っていたんでしょうねぇ。」
「・・・あ、お前のせいで、今嫌なこと思い出しちまったじゃねーか。」
そう言って少しだけ青ざめた司を、あたしは不思議そうに眺める。
「・・・あ!ひょっとして・・・お姉さんに叱られたとか?お雛様を台無しにしたりして?ぷぷぷ・・・ありえる。」
図星だったらしく、見る見るうちに真っ赤になった顔を背けるようにして、道明寺は黙ったまま歩き出してしまった。 背中が怒っている。 あたしはあまりにも道明寺らしいそのエピソードに我慢できなくなって、しばらく笑い続けた。
「・・・おい!いつまでも笑うな!洒落になんねーんだぞっ!半殺しの目に合わせられたんだから。おまけに総二郎もあきらも。 ・・・そういうお前こそ、ひな祭りに酒飲み過ぎてぶっ倒れたりしたことあんじゃねーの?」
赤い顔のまま、後ろを歩くあたしを振り返って睨み付けるようにして言った。 うっ、とあたしは痛いところを突かれて答えに困ってしまう。 確かに小学生の頃、調子に乗ってべろんべろんに酔ってしまい、ママに叱られたのだ。それはこっぴどく。
いろいろあって、いつの間にかお雛様を飾ることがなくなったのはいつからだったろう?
きれいなお雛様に憧れて、触ろうとしたらママに怒られたこともあったっけ。 どうして触ってはいけないのか、と子供心にあたしは不満に思ったものだった。
美しいものを手に入れるためには、それなりに高い代償が伴うものだ。 その時はお雛様の価値なんてあたしはわからなかったから、ママがどんな大変な思いをして、 あたしのためにお雛様を手に入れたのか、それを聞くことになるのはそれから随分後になってからだった。
「・・・ま、子供の頃なんてあんまりいいことなかったけどさ、姉ちゃんや静やあいつらがいてくれたお陰で、 楽しかったこともあったし・・・。」
そうだよね。それでなくても道明寺は暴力的で変なとこあるし・・・。
うんうんとあたしがしみじみと頷いていると、彼はあたしに手を差し出してこう言った。
「これからは、お前もいるし。」
・・・そんなこと言えるなんて、あんたしかいないよ。
あたしは恥ずかしげもなく言われたその台詞に、頬が赤く染まっていくのを感じながら、黙って彼の手を取った。
美しいものとか欲しいものをを手に入れるためには高い犠牲が伴う、 なんて、あたしは夕日に照らされている道明寺の綺麗な顔を見上げながら、今までの苦労をしみじみと思い出した。
子供の頃、手の届かないところにあったお内裏様とお雛様。今は手に届く位置にある。
あたしは、自分の幸せをもう一度確かめるように、彼の手をぎゅっと握った。
fin.
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