はじめのものがたり

 

 

 

 

「ねーちゃん、おれ、お好み焼き食べたい」

「はぁ?」

 

夕食時、学校から帰ってくるなりずっと機嫌が悪かった司から出た言葉は、思いもよらないものだった。

「・・・何よ、ソレ。聞いたことはあるけど・・・っていうか、今日はあんたの好きなフィレでしょ?」

「もう食べあきた」

そう言うなり、カチャンとフォークとナイフを置いて、司は拗ねたように俯いて小さな声で言った。

「・・・学校の帰りに、よその小学校のやつらが食べてるのを見たんだ。SPにお願いしたけれどだめだって。だから・・・」

 

当時、友達と呼べる存在がほとんどいなかった司は、姉である椿にもどきっとするようなことを時々言った。
仕事で多忙な両親の代わりに、椿やタマさん達がいろんなことを司に教え、できるだけ寂しくないように接してきたつもりだった。

でも、それには限界がある。椿達だけでは埋められない部分があるのだ。
多分、お好み焼きを食べていた少年達を見たのも車の中からに違いない。楽しそうな様子を見て、羨ましくなったのだろう。
裕福な家の子どもなら当然つきまとう「誘拐」というリスクを避けるために、道明寺家の子ども達の送迎はいつも車。
しかもSPが一緒だ。


どうして?どうして? 何でおれはだめで、あいつらはいいの・・・?


司にしては珍しく落ち込んでいる様子だったので、椿はしょうがない、と溜息を吐いて言った。


「じゃぁ、今からシェフの吉田さんに頼んで作ってもらう?」

「・・・やだ。あいつらと同じものがいい」


まだ駄々をこねようとする司に一発浴びせようと、いつものように握りこぶしを作った椿はタマさんに制された。


「いいじゃありませんか。お嬢様。たまには」

「でも・・・」

「同じ年頃の子ども達が食べるものを知っておくのも、ぼっちゃんにとってはいい勉強になるでしょう」


タマさんが許すというなら話は違ってくる。さっきまでの暗い表情はどこへやら。
司はパァッと明るい表情をすると、椿の様子をうかがうように言った。

「じゃぁ明日学校の帰りに、ねーちゃん、一緒に行こうよ」

「え?」

「それはいい。わたしの方からSPに言っておきますね」


思ってもみなかった展開に椿はタマさんを少し恨んだが、嬉しそうな司の顔を見て「かわいい弟のためだ」とぐっと我慢した。
そして、さりげなく席を立ってそのまま自分の部屋に行こうとした司を呼び止めた。


「どこ行くの? 司」

「どこって、明日のお好み焼きのためにもう寝ようかなって、自分の部屋に・・・」

「・・・わかったわ・・・
でも、それは今日の食事を残す理由にはならないわよね〜」

 

にっこりと悪魔の笑顔で微笑む椿に、司はゴクリと唾を飲み込む。
・・・ことに食事のマナーにはうるさい椿だった。
結局、鉄拳制裁とお好み焼きを盾に、夕食を全部食べるまで司はしばらく部屋に帰ることができないのだった。

 

 

 

*****************

 

 

学校の帰り、さりげなく見張っている(らしい)SPをちらちらと気にしながら、司に引っ張られるようにして椿はお好み焼き屋へ向かった。
お店の前には同じように学校帰りの子ども達が2人、お好み焼きを作っているおばさんをじっと見ていた。


「すごーい、おばちゃん。上手だねぇ。あたしも家で作ってみようかな」

「そうだねぇ。つくしちゃんならきっと作れると思うよ」

「・・・そんなこといって。おばちゃん、ねーちゃんねぇ、このあいだ、たまごやきにまちがえてしお入れてたんだよぉ」

「こらっ、進ってば、余計なこと言わないでよ」


ポカッと弟を殴って顔を赤らめている女の子と、痛そうに顔をしかめる男の子。
そんな2人の様子を楽しそうに見ていたおばさんは、遠巻きにこちらを見ている椿達に気がついた。

「いらっしゃい。何か?」

「・・・お好み焼きふたつ!」

「ちょっと、司!」

間髪入れず元気よく答えた司は、タマに持たされた500円を持って、教えてもらっていたとおりに手を差し出した。
自分で物を買うこと自体、司にとって初めての経験だった。緊張で顔が赤い。
先客の姉弟2人は何事かとその様子を見守っていた。


「いろいろ種類があるけど、何にする?」

そう言ってにっこり笑うおばさんに、司は真っ赤な顔で「一番高いヤツ!」と答えた。

「600円ね」

「・・・あれ?」

100円足りない?
そういえば・・・タマに持たされたのは500円だった。司はポケットの中身をひっくりかえして探そうとするが、当然お金は出てこない。
思いもよらない展開に困惑している司を見て、「カードじゃだめですか?」と椿がおばさんにお願いしてみたけれど、小さな店だったこともあり当然だめだった。
困ったようにおばさんが言う。


「そうだねぇ。違うのにすれば足りるよ」

「ね、司。そうする?」


お好み焼き屋さんでは一番高いメニューを2つ買う。1つは自分に、1つはねーちゃんに。
そんなことを小さな胸の中で一晩ずっと考えていた司にとって、違うメニューにすることは諦め難いことだった。

「・・・ヤダ」

司が楽しみにしていたのがわかるだけに、半分目に涙を溜めて真っ赤になりながら意地になっている司を見ると胸が痛んだ。
椿が溜息を吐きながら考えあぐねていると、その様子をじっと見ていた先程の女の子が思いついたように、
「おばちゃん、お好み焼き2つちょうだい」と頼んだ。

「1つは普通ので、1つは一番高いので」

「じゃぁ、500円ね」

はい、とおばさんにお代を渡すと、女の子は「おねえさん」と話し掛けてきた。

「同じ物を注文して。大きい方とこうかんしてあげるよ。」

「え?でもそれじゃ・・・」

「いいよ。うちの弟小さいし、全部食べきれないから。それにその子・・・見たことあるの。
いつも車に乗ってて、あたしが友達と帰っているときにさびしそうにじっと見てるの。
それに、ここに来るのは初めてなのかなって思って。おねえさんも初めて?」

椿がこくりとうなずくと、女の子はにこっと笑った。

「よかった! ここのお好み焼きおいしいんだ。あたしは学校帰りにいつでも来れるから」

「・・・ありがとう。ほら、司、あんたもお礼言いなさい」

事態がよく飲み込めていないようだったが、当初の予定が果たせそうだとわかると、
司は俯きながら真っ赤になって消え入りそうな声で「ありがと」と言った。

出来たてのお好み焼きを女の子が注文したものと交換した後、椿と司は彼女達と一緒に見よう見まねでもくもくと食べた。
食べたことがないものを食べるのだから、服を汚さないようにと時間がかかった。
初めてのお好み焼きはおいしくて、食べている間、司も椿も何もしゃべらなかった。


もう一度つくし達にお礼を言って別れた帰りの車の中、椿はぼそっとつぶやいた。

「よかったね、司。親切な子達で。・・・・・・私、今度は家でお好み焼き作ってみようかな」

司がびっくりしたように顔をあげる。

「え、ねーちゃん、作れるの?」

ううん、と椿は首を振った。

「吉田さんに教えてもらうの。・・・弟が食べたいって言ってるものを作れるようになりたいし」

「・・・」

「ね、司。がんばって作るから、できたら一番に食べてね」

「うん!」

 

心から嬉しそうに笑う司に椿はにっこりと笑うと、「約束」と指きりげんまんをした。

 

 

********************

 

 

「・・・ということがあったのよ。つくしちゃん」

道明寺家のテラスの一角で、ワイン片手に酔っ払う女が2人。

「さすが、お姉さん。あ、だからミスコンで優勝したんですよね」

「そう、司の気持ちも嬉しかったけど、あの女の子の機転のお陰であれから司、ちょっとだけ素直になったの。
それからよ。類達に出会ったのは。」

「へぇ〜。あいつもいろいろあったんですねぇ。・・・あたしもお好み焼きが好きで、昔、よく学校帰りに行ってましたよ」

目をトロンとさせたつくしが遠い目で言う。

「・・・小学校の時だったかなぁ?一度、学校帰りに一人でお好み焼きを買いに行ったら、
そこのおばさんに『男の子が来てね、つくしちゃんが来たら一番高いお好み焼きを作ってやってくれってお代払っていったわよ』って言われて、
何だかよくわからなかったけど、タダで一番高いお好み焼きをごちそうになったことがあるなぁ・・・」

椿はキャハハと笑いながらテーブルを叩く。

「まさか、それ司だったりして〜」

「えー、それならあたしとお姉さん、一度会ったことがあるんですよね〜」

『まさかねぇ・・・』

 


よく回らない頭で2人で考えていると、テラスの入口に面白くない表情をした司が立っていた。

「・・・ったく、酔っ払いどもめが。 姉貴も、こいつ酒あんまり強くねーんだから飲ませんなよ」

「うるさいわね。楽しく飲んでんだから、邪魔しないでよ」

「そうそう、あんたの昔話を聞いてたのに・・・お好み焼きの話とか・・・今度一緒に食べに行く?一番高いお好み焼き・・・」

へらへらと酔っ払って赤い顔で笑うつくしに、司は一瞬きょとんとした表情をしたが、思い出したのか顔を真っ赤にさせた。

「・・・姉貴、その話こいつにしたのかよ」

「そーよ、悪い?」

そう言って、椿は空になった自分とつくしのグラスになみなみとワインを注いだ。

「・・・姉貴には言ってなかったけど、俺、あの後もう一度あのお好み焼き屋へ行ったんだぜ」

「え?」

「借りは返さなきゃと思って、タマに頼んで連れて行ってもらって、そこのおばさんに『あの時お好み焼きを交換してくれた姉弟が来たら、
一番高いお好み焼きをやってくれ』って。らしくねぇことをしたから恥ずかしくて、姉貴にはずっと黙ってたけど・・・もう時効か」


 


軽く笑って溜息を吐く司に、
つくしと椿は一気に酔いが覚めたような表情になったが、顔を見合わせたまましばらく固まっていた。

 

 

 

ずっと昔からどこかでつながっていた、2人のはじめのものがたり。

 

 

 

 


fin.





企画もののSSです。リクエストしてくれたみささんに遅ればせながら公開済。
懐かしすぎる、TOJ(ティーン・オブ・ジャパン)の話の一部です。(2006/01/02)