<8>

 










「ほら、着いたぞ。・・・・・・おまえ・・・ほんとよく寝るよな・・・」

 

あたしたちが道明寺家が所有している別荘に着いた時には、すでに太陽は傾きかけていた。

目を覚ますと側に道明寺の顔。あいつの肩に寄りかかって眠ってしまってたらしい。

「うわっ!」

あたしは慌てて身体を起こした。

「・・・ご、ごめん・・・だって今日いろんなことありすぎて・・・・・・」

「・・・・・・ま、おまえのそういうところ、今に始まったことじゃねえけど。だらしねえ顔で寝やがって・・・

・・・女ならもうちょっと気にしろ」

 

・・・・・・そうだけど、もう少し言い方あるんじゃない?元凶はあんたのくせして。

 

部屋に入るとジャケットを脱いであいつが言った。

「・・・・・・とりあえず俺、先にシャワー浴びるけど…おまえどうする?」

「!!・・・・・・・・あ、あたしはもう少しこのままでいるわ。せっかくのドレスだしっ」

「ふーん…ま、くつろいでな」

 

あたしは自分の置かれた状況に気付き、焦り始めた。

部屋の真ん中にでっかいベット・・・・・・やっぱりこれって、そ、そういうことよね……

ど、どうしよう…何の心の準備もしてない・・・・・・

 

赤くなったり青くなったりして部屋をうろうろしているうちに、あいつがバスルームから出てきた。

「ぶっ…おまえ何してんの?落ち着きねえなあ」

「うっ、うるさいわねっ!・・・とりあえずシャワー借りるからっ」

 

・・・・・・こいつ…わかんないのかしら…ムカつく。

あたしは火照った顔を抑えながら、バスルームのドアを勢いよく閉めた。







シャワーを浴びた後、バスローブを着るのは何となく抵抗があったので、着ていたドレスをまた着てしまった。


バスルームから出てきたあたしと目が合った道明寺は、少し呆れた顔をしてあたしを見る。

「・・・・・・何だ牧野。またドレス着て。普通そういう時はバスローブだろ」

「い、いーじゃない、これ気に入ったんだからさっ」

「・・・別に俺はいーけど。髪濡れてるぞ。こっち来いよ。拭いてやるからさ」

あたしは赤くなった顔をごまかすようにして、持っていたタオルを黙ってあいつに渡した。

 

・・・・・・部屋の真ん中に置かれたキングサイズのベットの上であたしは道明寺に髪を拭いてもらってる・・・・・・。

いつものケンカが嘘みたいに、あたしたちはお互いに何も話さないでいた。

顔を見なくてもあいつが今どんな顔をしてるのかわかる気がする。こんな穏やかな時間来るなんて思ってなかったな・・・・・・





「牧野」


不意に道明寺が手を止めて、少し緊張のこもった声であたしを呼んだ。


「…この間の話の続きしようぜ…おまえの返事を教えてほしいんだけど…」


「・・・・・・あたしは・・・・・・・」

「…おれは、おまえとそばにいたい。おまえがいればそれでいい」

「あたしは・・・・・・あんたと一緒に生きていきたい・・・・・・でもその為に周りの人達まで傷つけたくない」

 

振り返ってあいつを見ると道明寺は険しい顔をしていた。

あたしはその目に一瞬ひるみそうになったけれど、負けるつもりはなかった。

「…あんたが刺された時ね、わかったの…あんたの母親はあんたのこと愛してるよ。

そりゃ、ひどいこと沢山された。今さらそれを許す気にはなれないけれど・・・・・・」

「・・・・・・」

「このまま二人で生きていっても、いつか後悔する日が来るような気がして…あたしはそれが恐い。

あたしと一緒にいたいっていうあんたの気持ちは嬉しい…だけど・・・

・・・あんたがこのまま日本にいることは、少なくともあんたの両親を不幸にするのよ。

…いつか・・・・・・いつかよ?あたしたちが本当に結婚して、子供が出来て・・・・・・

あたしたちの子供が突然、家を捨てるって言ったら・・・・・・あんたは自信を持って止められる?・・・・・・あたしはきっと何も言えないよ……」



道明寺の顔がますます険しい表情になる。

「・・・・・・俺はこの先どうなろうと、おまえと一緒にいるって決めたんだ。それでもか・・・・・・?」

「…あたしは後悔するかもしれない。あたしはこのまま道明寺と一緒にいれたらどんなに幸せだろうって思うよ。

でも…あんたを見るたび、あたしはあんたのことを大切に思う人から奪ったんだって思い出すよ…

あたしたちが離れ離れにされた時みたいに・・・・・・」

いつかの雨の日を思い出す。友達の家族が壊されそうになった日・・・・・・

道明寺を追いかけてNYに行った日も・・・・・・追い返されて・・・・・・

 

あいつが泣き始めたあたしを引き寄せた。

「俺がそんなこと思わせない…泣くなよ…」


「…もう、嫌なの。あたしバラバラになりそうだった・・・・・・ずっと辛かった・・・。

…それでも、あんたが刺されて、死にそうになってるあんたを見て泣いてた、あの時の気持ちを味わうよりはずっといい。

きててくれて、また笑ってこうしていてくれるだけであたしは幸せだって思う。だから・・・・・・」

 

あたしは顔をあげて、涙でぐちゃぐちゃになった顔であいつの目をまっすぐ見つめた。

「…あんたはNYに行ってきなよ……」

驚いたように目を大きく開く道明寺。あたしの腕を強い力で掴んで揺さぶる。

「・・・・・・おまえはそれで平気なのか?俺がおまえを選ぶって、守るって言ってんだよ!

おまえがいない不幸より、俺はそばにおまえがいるほうがいいって言っ・・・・・・・・!!」

 

あたしはあいつの言葉をさえぎって大きな声で言う。

「あたしに後悔させないでよ!!・・・・・・・・・あたしたちはもう大丈夫だよ・・・。

あんたがあたしのことそんな風に大切に思ってくれてるってわかっただけで、あたしは幸せってわかったから・・・・・・」

 

「…おまえ…こんなに俺が言ってるのに…ほんとムカつく女だな」

半ば呆れたようにあいつが言う。あたしは涙を拭いて笑った。でもあとからあとから涙が出てくる。

 

「あたしは雑草のつくしだよ。この恋を終わらせるって言ったわけじゃないよ。

・・・あたしは道明寺が好き。大好き。

この気持ちはずっと変わらない・・・・・・でもね、このままあんたに守られてばっかりじゃ、あたしはあたしじゃなくなっちゃう・・・

・・・闘ってなきゃ『牧野つくし』じゃないの。だからあんたは安心してNYに行ってきなよ・・・今、母親と一度話し合わなきゃいつか後悔するよ。

あたしはあんたが後悔してる姿なんて見たくない・・・・・・」

 

「・・・・・・・頼むからもう泣くな・・・・・・わかったから・・・・・・ったく俺は道明寺捨てても後悔なんてしねえのに。

NYよりもおまえがそばにいればいいのに・・・・・・」

 

少し困った顔をしてあたしを抱き締める道明寺。背中を優しくなでてくれる大きな手が気持ちいい。あたしも精一杯抱き締めかえす。

 

「ううん、駄目だよ。あたし、あんたとは対等でいたいって前に言ったでしょ?

あんたがあたしの世界に入って来てくれたみたいに、あたしもあんたの世界と向き合いたい。

・・・・・・だからね、きっと帰ってきてね。あたし待ってるから。あんたのこと絶対忘れないから。

あたし頑張ってあんたに惚れ直してもらえる位いい女になる。だからあんたも頑張って・・・・・・。」

 

あいつは少し悲しそうな顔をして、それからふっと優しい目で笑ってあたしの頭をくしゃっとなでた。

 

「・・・・・・浮気すんなよ。おまえは隙が多いからな。くだらないことで俺に後悔させたら…」

「…するわけないじゃん、バカ・・・・・・」

 

 

・・・・・・・優しいキス。額に、頬に、髪に、唇に沢山のキスが降り注ぐ。

心臓の音が道明寺に伝わってるんじゃないかって位、あたしはドキドキしていた。

同じようなことが前にもあったけれど・・・・・・でも…今日は不思議と恐くない。

 

「牧野・・・・・・」

道明寺の指に触れられた部分が熱い・・・・・・あたしは初めて感じる感覚にやっぱり身体がこわばる。

「…おまえ、本当にいいのか?・・・・・・俺は・・・・・・」

あたしの好きな低い声。心配そうに見つめるその瞳にはあたしが確かに映ってる。

後悔なんてしない、あたしは返事をする代わりに少し笑ってあいつの背中に腕を回した…・・・・・・。

 







…何で道明寺の腕の中はあたしにこんなに添うんだろう。

カナダの時に抱き締められた時とは少し違う、幸せなぬくもりがあたしを包む。





・・・・・・小さいけれど確かに聞こえる、あたしの名前を何度も呼ぶ道明寺の声、声、声・・・・・・。

 


「・・・愛してる」

 


耳元で囁かれた言葉に、あたしは胸が痛くなるほど切なくなって、そして嬉しくてまた涙が出た。


こんな言葉、普段のあたしだったら絶対言えないけれど・・・・・・今のあたしなら素直に言える。

あたしは道明寺に感じているありったけの想いを言葉にして伝えた。

 

 

「あたしも・・・・・・愛してる・・・・・・









・・・・・・道明寺と出会ってからあたしの運命の歯車は狂いだした。毎日が嵐のようだった。


息をつく暇も無いほど振り回されて・・・・・・追いかけられるたびにどうしたらいいのかわかんなくなってあたしは逃げてた。


数え切れないほどケンカして、笑って、傷付けあって・・・・・・・・・・・・・・ずっと素直になれなかった。



何度も泣いた。諦めかけた。そんな厳しい現実の中でもずっとあたしをつかんで離さなかったのは

 




・・・・・・・・・・・・・・嵐の中で見つけた恋だったの・・・・・・・・・・・・







 


         ******************************************






「・・・・・・牧野、大丈夫か?」

 

道明寺があたしを呼ぶ。あたしはびくっとしてシーツを深くかぶる。

赤くなった顔を見られないようにして背中を向けた。

あたしの頭の下にはあいつの腕。・・・・・・まだ信じられない。

 

「〜〜〜〜〜〜〜死ぬほど恥ずかしいんだけど・・・・・・あんたの顔見らんないわ・・・・・・」

そう言ったあたしを強引に自分の方に向けて、あいつは真っ赤な顔であたしの額にキスをする。

「ぶっ…おまえサイコ―にかわいい・・・・・・今さら照れるなよ。お・・・俺だって恥ずかしいのに・・・・・・

でも・・・俺、今すっげー幸せ。嬉しい。生きててよかったって神様に感謝」

あたしはくすっと笑う。


「・・・・・・天下の道明寺が神様に感謝なんて言うと思わなかったわ・・・・・・あたしもすっごく幸せだよ・・・・・・

まさか赤札を貼ったあんたとこうなるなんて思いもしなかったけど・・・・・・」

 

「…ヤなこと思い出すなよ…おまえだって貼ったじゃねーかよ、俺に」

「え?そうだったっけ?」

 

とぼけたあたしに道明寺はフッと笑うと、きつく抱き締めてもう一度キスをした。

「・・・・・・おまえずっとそのまんまで変わんなよ。おまえだから俺は好きになったんだよ。

この俺にケリを入れる女なんて、この先もおまえ以外に絶対いねえよ」

 

「ぶっ…あんたこそヤなこと、思い出さないでよ・・・・・・」

笑ってあたしも背中に腕を回す。二人で笑いあう。

 


ふとあいつは真剣な目をすると、あたしの耳元で魔法の言葉を囁いた。

あと数時間で解けてしまう2人の時間が、永遠に続くかのように錯覚してしまう。

 

 

――――失いたくない。





道明寺の背中に回した腕に力を込めるあたしと、あたしの頭を優しく撫でるあいつ。

あたし達は無言で見つめ合うと、もう一度神様に誓いを立てるように、深い深い口付けを交わした。








     
        ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 


≪出発の日≫


【旅立ち】




「あ、来た来た」

「・・・・・・ごめんなさい。遅くなって。渋滞につかまっちゃって・・・・・・・・」


空港にはすでにみんな来ていた。お姉さんが複雑な顔をしてあたしたちを見ている。

「・・・・・・司、つくしちゃん・・・・・・決めたのね・・・・・・」

「…ねーちゃん、俺、NYに行くよ」

「えっ?」

 

お姉さんはもちろん、みんな驚いてあたしたちを見る。

 

「だって司、『家を出る』ってまで言ってたのに・・・・・・」

「…こいつと話合ったんだ。もう俺達は大丈夫だよ。前と違ってNYに別れるために行くんじゃない。

今度こそこいつとずっと一緒にいるために、俺なりにババァと闘うつもりだ」

「お母様は手ごわいわよ・・・・・・お父様だって何ていうか・・・・・・」

「…ああ、でも逃げたところで状況は変わらないからな。もう邪魔されるのはごめんだ。

それならこっちから道明寺を利用して、俺は牧野を守れるくらい強くなってやる。

絶対俺達のこと認めさせて、また日本にこいつを迎えに来る」

 

「・・・・・・司・・・・・・あんたがそう言うなら私は何も言わないわ・・・・・・。つくしちゃんも本当にこれでいいのね・・・・・・?」

お姉さんは心配そうにあたしを見つめる。


「・・・・・・あたしは後悔しません。司と一緒に闘うつもりです。ただし、あたしは日本で頑張って負けない力をつけるつもりです」


・・・・・・・本当のことを言うと少し恐い。でも、何度も嵐を乗り越えたあたしたちなら頑張れる。


「…つくしちゃん、私はあなたのことが大好きよ。二人がその覚悟なら応援するわ。司を信じて待ってやってね・・・・・・」


お姉さんは少し涙ぐんであたしを抱き締めた。お姉さんの想いが痛いほど伝わってきて、あたしは涙が出た。







F3達が道明寺を囲んで話をしている。 

「つかさぁ〜〜〜〜〜、おまえ本当に大人になったなぁ〜〜お兄さんたちは嬉しいよ」

「・・・・・・俺に兄貴はいねえ」

「・・・・・・何にしても、ずっと一緒だったおまえと離れるのは寂しいよ・・…たまには連絡しろよな」

そうよね…あたしよりもF3はあいつと付き合い長いんだもんね。

「ああ。おまえらも元気でな…それから・・・・・・牧野のことよろしくな」

「まかせとけ。浮気したら俺達がすぐ連絡してやるから」

 

げっ!いらんことを・・・・・・

「西門さんっ、変なこと言わないでよねっ。そんなことしたらこいつ本当に帰ってくるんだから」

「帰ってくるに決まってんだろっ!おまえ絶対浮気すんなよっ!」

「するわけないでしょっバカっ!あんたこそ金髪美人と浮気したらただじゃおかないからねっ!」

 

F3が呆れてあたしたちを見ていた。

「・・・・・・行く前からこれだもんな。先が思いやられる・・・・・・・・」

「…司。早く帰って来いよ。牧野のこと不安にさせたら今度こそ俺がもらうから」

「!…ちょっ・・・・何を・・・・・・」

 

花沢類の言葉に、道明寺は乱暴にあたしを引き寄せると、みんなの前で強引にキスをした。

「うるせーっ!! もうこいつは髪の毛の一本から爪の先まで全部俺のもんなんだよっ!!

類っ、てめーなんかにもったいなくってやれ・・・・・・うげっ!」

 

こ、こんな公衆の面前で・・・!

恥ずかしいやら、嬉しいやら、呆れるやら、あたしは複雑な気持ちで何とも言えず真っ赤になると、

収まり切らなかったパワーを拳に込めて、あいつのあごにパンチを一発入れてやった。

そんなあたしたちをみんなは呆れ顔で見ている。

 

「・・・・・・ごちそうさま」









「司。そろそろ時間よ」

「・・・・・・ああ」

 

本当に行っちゃうんだ。

強がり言ったけれど、もう一人のあたしが心のどこかで引きとめたがってる…でも・・・・・・

 

「・・・・・・頑張ってね。あたしまた会えるって信じてるからねっ!だから、あんたのこと笑って見送る…か・・・・・ら・・・・・・・」


絶対泣かないって決めてたのに、そう思うと余計に涙が出そうになる。

うつむいて涙を見せないようにしようとしたあたしは、急に強い力で引き寄せられて抱きしめられた。あたしの耳元であいつがささやく。




「・・・・・・・・牧野、俺はまた絶対日本に帰ってくるから。今度は俺達が別れる為にNYに行くわけじゃねえ。

俺とおまえの未来を作る為に俺は行く。だからちょっとの間我慢してろ。辛いのはお互い一緒だ。

俺はおまえとじゃなきゃ、幸せになんかなれねえから。・・・・・・・不安になんかなるな。泣いたりしねえで俺を信じて笑ってろ。

おまえを迎えに行くから。俺が必ずおまえを幸せにしてやる・・・・・・・」

 

「約束だ」

 

ポンとあたしの頭に大きな手を乗せてそう言うと、あいつはあたしから離れた。

 

 

少しずつ小さくなる後姿を、追いかけてもう一度抱き締めたかった。でも―――――――――――――

足が地にくっついたように、あたしはただ見つめるしか出来なかった。

流れ出した涙もそのまま・・・・・・。

 

 

そう、これは別れじゃない。

 

 

道明寺を乗せたNY行きの飛行機を、あたしは見えなくなるまでずっと見送っていた。

 

 

・・・・・・あたしは強くなる。もう泣かない。

 

 

 

「・・・・・・・つくしーっ、行くよーっ・・・・・・」

 

 

みんなの声が聞こえる。

 

 

「・・・・・・うんっ!!」

 

 

最高の笑顔で、あたしはみんなが待つ場所へ走り出した―――――――――――――――――
 

 

 

 

 



                               

fin.



                        







*あとがき*
やっとこさ、更新終了しました!楽しみにされた皆さん、お待たせして申し訳なかったです。
もともと、別花男サイトに掲載させて頂いていたものだったのですが、今回、うちのHPにUP
するということで、若干、変更しているところもあります。よかったら見つけて見て下さいね。
とりあえず、楽しんで頂けたら幸いです。こちらは終了ということで、今度は『Promise』に力
を入れていけたらなぁと思います。はっ!それと『36のお題』もあるなぁ…2004/02/24


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