Marriage Blue



 

 

私らしからぬも、待ち合わせていた男にすっぽかされてムカつく!と電話口で散々わめき散らした挙句、
先輩を呼び出して特にすることもなくカフェでお茶しながら先輩は流れ行く午後の雲をぼんやりと眺めていた。
一方の私はというと、はぁ、と大きな溜息をひとつ。
休日の午後、街はカップルで溢れかえっているというのに何が悲しくて女二人でお茶してるのだろう、
というのが溜息の理由。おまけに男にすっぽかされたことにイライラが募ってストローから勢いがよすぎるほどに
アイスティーを吸い込んでいた。
「先輩はいいですよね。道明寺さんと結婚が決まってて。」
ストローを咥えたまま、上目遣いに先輩を見ながらちょっと皮肉めいた口調で言葉を投げかけた。
「結婚かぁ…結婚ねぇ…。」
返ってきたのは、聞こえるか聞こえないか位の小さい声でしかも私にとっては聞き捨てならない言葉。
私はすぐさま反応し眉間に皺を寄せて異議ありげな顔をしていたので、先輩は誤解はされたくないと思ったのか慌てて言葉を取り繕った。
「いや、ね、結婚が嫌って訳じゃないんだよ。でもさ、まだ23歳じゃない?
まだまだやりたいこともあるなぁ、と思って。」
全く腑に落ちない。むしろ矛盾している。だって先輩は遊ぶタイプではない。
何を今更やりたいことがあるのだろうか?
「先輩…別に遊んでるわけじゃないし、仕事だって順調みたいだし… 他にやりたいことってあるんですか?」
こう聞いてみると先輩はうっ、と気まずそうな顔をしている。図星だったようだ。
先輩曰く――― 特に反対されることもなく結婚が決まり式の日取りも決め、
披露宴の招待状も送った今になって何だかモヤモヤした不思議な気分になったりで、
手放しで喜べないらしい。大財閥にお嫁に行く覚悟は出来ているし、そのことはもう気にしてはいないけれど何だかモヤモヤするというか、気が滅入ると言うか…
「これが世間で言う『マリッジ・ブルー』というヤツなの?」
こう訊ねられて、経験のない私はあれやこれやと考えてみるけれどそうなんじゃないか、
という言葉しか掛けてやれなそうだ。しかし、ふと、あることが思い当たる。
先輩のモヤモヤはきっとアレのせいなんだろう。
そう思うと可笑しくて可笑しくて、周囲に人が沢山いるのに大声で笑ってしまった私は慌てて口を手で覆い、
必死でこらえてはみるけれどあまりに可笑しすぎて笑わずにはいられない。
「先輩、たぶんそれ、アレですよ。」
こう言いつつ、可笑しくて笑ってしまってるからここまでしか言えないし、一人で勝手に笑い転げる私に先輩はちょっと怒ったような表情をして 「何なのよ?!」 と、問い詰めてくる。
そんな先輩の姿が私の想像する“アレ”を余計に面白おかしくれて、全然笑いが止まらない。
ふくれっ面になっている先輩を申し訳なく思いつつこれを言ったら、怒るだろうなぁとも思いつつ言いなさい!
と迫ってくる先輩に負けて私は言わざるを得なくなってしまった。
「F3風に言えば、“猛獣使い”ってことですよ。」
「はぁ?」
やっぱり可笑しくて、笑うのに精一杯な私の言葉は足りずさらに先輩の疑問というか、怒りというか…
そんなものに拍車をかけてしまったようで説明しなければならなくなったようだ。
たぶん、言葉を続けていくたびに可笑しくてもっと笑って余計に先輩の怒りを買うだろうけれど。
「結婚したら一緒に住むんですから猛獣のお守りが毎日続くんですよ。そりゃあ気も滅入るんじゃありません?」
怒られるかと思ってビクつきながら言ってみるけれど、私の予想と反して先輩は怒るどころか妙に納得したような表情をしている。なにやら想像しているようで、少し上を見ながら時折頷いて、それから散々溜息を吐いている先輩は私の目をじっと見た。
「桜子、アンタやっぱり鋭いね。おかげでモヤモヤは無くなったけど、余計気が滅入ってきたわ。
アレが毎日続くと思うと…はぁ。」
すっかりげんなりしている先輩は、モヤモヤからの解放よりもこれから始まる生活に対する不安…
じゃなくて嫌気が勝っているようだ。無理もない。
我儘し放題で育てられた坊ちゃん、おまけにすぐ手は出るし頑固で、単純バカで、いつまで経っても子供で… っと、ここまで言っちゃうと道明寺さんに怒られそうだからやめておこう。
ともかく、あの道明寺さんと生活するっていうことは並大抵のことじゃない。いくら大金持ちでルックスもいいとは言え、毎日一緒じゃ普通の女の子じゃ逃げ出しちゃうだろう。私も…たぶん無理。
大体、女の色気で落ちるような男じゃないし。やっぱり相手を出来るのは今、私の目の前で『マリッジ・ブルーもどき』に悩んでいるこの人しかいない。 “猛獣使い”は先輩の専売特許ってところかな。
「先輩。お困りのようですから、私からの結婚祝いは猛獣用の檻にしときますね。」
「桜子、アンタねぇ!」
いつもの先輩に戻る。私は、頭の中で先輩に調教されている猛獣、
つまり道明寺さんが檻からの脱出を図って、すったもんだの大騒動を巻き起こしている様子を想像しまくって、ひとり大笑いしていた。すると、それを不思議そうに見ている先輩の携帯が鳴る。相手はどうせ、愛しの猛獣なんだろうけど。
「今?桜子とお茶してる。……うん、そう、南青山。」
携帯をパチンと折りたたんでバッグにしまってから、先輩は飲みかけのカフェラテを一気に飲み干した。
「これからデートですか?」
「まぁ、ね。」
道明寺さんの仕事が忙しくて週に1、2回しか会えないと言っていたけれど、やっぱりそれは寂しいことなんだろう。心なしか顔が綻んでいる先輩を見ていると何だかんだ言って幸せなんじゃん、と思わずにはいられない。
新居はどこだとか、子供の予定はあるのか、と散々質問攻めにしているといつの間にか陽も傾き始めていて、通り側に座っていた私たちの傍にあるガラスが叩かれている。もちろん叩いているのは愛しの猛獣。
嬉しそうにしている先輩の表情を私は見逃さなかった。
「桜子、わりぃな。あとは一人で遊んでくれ。」
いつの間にか店内に入ってきて、テーブルの横に立っている道明寺さんは先輩の腕を掴んで、今すぐにでも連れ出しそうな勢い。
「いいですよ。どうぞごゆっくり。」
私が言うのと同じくして、席を半ば強制的に立たされた先輩は、慌ててバッグを持ってからこちらに振り返って一言。
「今日はありがと。あ、そうだ。例の檻、逃亡できないように形状記憶合金にしといて。」
「ええ、もちろん!」
仲良く腕を組んで店を出て行く二人の背中を見送りながら、アイスティーを飲もうとストローから吸い込んでみるけれど中身はもう無くなっていて、ゴボゴボ音を立てていた。 また暇になっちゃったなぁ、滋さんでも呼ぼうかな、なんて考えてふと通りに目をやると、さっきまで仲良さげに腕を組んでいたはずの二人が人の流れも気にせずに立ち止まって、言い合っている。僅かに聞こえてきたのはこんな会話。
「だから檻って何か聞いてんだろ?!」
「何でもないって言ってるでしょ?!」
「教えられねぇってことかよ!この俺様に隠し事なんていい度胸じゃねぇか!!」
「アンタがそんな態度だから檻が必要なんじゃん!」
………始まった、いつもの言い合い。しかもこんな人通りの多い道のど真ん中で。
まあ、これが二人らしいと言えばそうなんだけれど。
猛獣のお守りの毎日に気が滅入る、なんて言っていたけれど、こうした小競り合いの時は何だかいつも楽しそうでまんざらでもないんじゃない?と、ガラス越しの先輩に声を掛けそうになったけれど、独り言だと思われるのが嫌でとりあえず出かかった言葉を飲み込んだ。
人目も気にせず言い合いを続ける二人の姿が、ますます猛獣と猛獣使いの新生活を想像させてくれて可笑しくて仕方がない。そこに檻があったら…なんて考えるともっと面白くて恥ずかしながら一人で笑ってしまった。 結婚祝いが檻だなんて、もちろん冗談だったけれどここまでくると何だか実現させたくなってしまう。
二人が住むとしたら、あの異常に大きい屋敷かだだっ広いマンションなんだろうから檻の一つや二つ、全く邪魔にはならないだろう。 そう考えると、実現も不可能じゃなさそうでちょっと本気で考えてしまう私。
どうせなら先輩の要望どおり、形状記憶合金にしてしまおう。けれど、それじゃあ結構なお金が掛かりそうで私一人で用意するには無理かな、とは思う。でもそんなことは微々たる不安。
私なんかよりももっとお金持ちの人たちがせっかくいるんだし、何より本気で協力してくれそうだから暇つぶしもかねて早速電話をしてみよう。
「あ、西門さん?桜子です。先輩と道明寺さんの結婚祝いのことでご相談があるんですけど、
今から出てこれません?」
美作さんも誘ってきてくれるそうで。 楽しいことが始まりそうな予感。
今日先輩と会わなかったらそれもなかっただろうから、約束をすっぽかしてくれた男にちょっぴり感謝だ。
本当に檻を贈ったら二人とも血相変えて怒り狂うんだろうな。しかも声を揃えて。
「お前らー!」
「あんたらはー!」
ってね。 間違いなく同じ反応見せるであろう二人、仲がいいというか、似た者同士というか…。
そう考えると道明寺さんには先輩しかいないし、先輩には道明寺さんしかいないんだなぁ、
ってしみじみと思ってしまう。運命の赤い糸なんて子供じみた物言いだけれど、あの二人にはぴったりのような気がする。 あ、猛獣と猛獣使いだから糸じゃだめよね。『運命の赤い鎖』ってところかな?
うん、我ながらいい表現だ。 二杯目のアイスティーを頼んでからそっと心で呟いてる。
『運命の赤い鎖』で繋がれた猛獣と猛獣使い。そんな先輩の『マリッジ・ブルーもどき』は幸せの証ですよ。
お二人の幸せを祈ってますからね。もちろん、ドタバタ生活も楽しみですけれど。



END




あとがき。 なんじゃこりゃあ〜!!!(松田優作風に) すみません…超駄文を押し付けてしまいました。ああ、脳内で誰かが私を罵っています。『馬鹿めが!凡愚め!』 本当にごめんなさい<(_ _)>



日向様からSSをいただきました!ありがとうございます・・・!!こういう二人もいいですね。
桜子って登場当初は最低な女だと思っていたけど、私の中では随分高感度UPしました。
・・・でも敵には回したくないタイプです(笑)。子悪魔で周りを振り回してくれるので
花男にはなくてはならないキャラですよね。檻をプレゼントされた二人のその後が読んでみたいです。




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