花言葉


気取らない優美

気取らぬ魅力

つつしみ深い












 ――椿――











 1.春風の誘惑


 

 

 


 「気持ち良いわ。」

暖かい春の陽差しに時々ふく春風。何とも気持ちの良い日。こんな日を小春日和っていうのかしらね。

テラスには一人椅子に腰掛けながら本を読む椿の姿が。仕事の都合で日本の道明寺邸に戻ってきているのだ。

「本当に気持ちの良い日だわ……」

読んでいた本が春風にめくられた頃椿は眠りについた。

「君にはこの生活は無理だったんだよ。」


春の夕暮れ時の海辺。

「ごめんなさい………桔平さん。」


椿の目からは大粒の涙が溢れでてる。

「いや、謝らないでくれ。誰も悪くなんてないんだ。君と過ごした時間は楽しかったよ」


椿の瞳にある涙をふきながら言った。

「私もよ。」

「君のことを愛してた、今までありがとう。何もしてやれなかった僕を許してくれ。」

「私も桔平さんが大好きよ。」



二人は抱き締めあった。

夕日に照らされながら。

お互いの顔がオレンジ色だった。

このまま時が止まればいいのに………


「さよなら。」


自分の胸から椿を離すと桔平は姿を消した。

椿は桔平がいなくなったあと一人浜辺に座り込み泣いた。

「桔平さん………」

風が椿の髪をひとふきした。かぶっていた帽子が春風の悪戯で海に飛んでいった。
瞳からあふれた真珠のような綺麗な涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。

「お嬢様?お嬢様?」

閉じていた瞼が開いた。

「まぁ寝ちゃったのね。」

涙を拭き取り肩にショールをかけなおした。

「どうなさったのですか??」

「何でもないわ。昔の夢を見ていたの。」














2.一通の手紙







あんな手紙がきたからこんな夢をみたのね。

それは昨日のことだった。一通の招待状が椿のもとに届いた。 かつて愛していた人の結婚式の招待状だ。

「どうしましょう………」

手紙を見つめながらペンを持ち考えこむ。

「お嬢様どうしたのかい?」

手紙を見つめる椿の後ろからタマが聞いた。

「実は………」

「それはぜひ行きなさいな。」

「でも。」

今更どんな顔で会えば…… でもあの人に会いたい………。


「行きたいって気持ちもあるから迷うんですよ。」

「そうね、行ってみようかしら。」

椿は招待状の出席に丸をつけ出した。


あなたの妻になる人はどんな人なの? 名前は菫さんと言ったわよね。 菫の花言葉は何なのかしら?
きっとあなたが好きになった人なら素敵な人でしょうね。 あなたの幸せになった姿をこの目で見たいわ。












3.椿の花言葉









「椿の花言葉を知ってる?」

「えっ?」

「こんにちは。」




英徳学園高等部の中庭。本を読んでいた椿の後ろから声が。

「こ・こんにちは。」

彼は高田桔平君。同じクラスだけど話したこともなかった。

「椿の花言葉知ってる?」

「いえ、知らないわ。」

何かしらこの人?

「ふ〜ん。」

彼は私の隣に座った。


「教えてくれてもいいんじゃない?」

彼の顔を覗きこんだ。

「内緒、知りたかったら調べてみな。」

彼は立ち上がってどこかに歩いて行ってしまった。

「ちょっと………」

何よ変な人。別に知りたくないわ。








「あった!」

――じろ 声が大きかったのかみんなの視線が私に集まった。

「すいません……」


ここは英徳の図書館。やっぱり気になった私は放課後、椿の花言葉を調べるためにここに来たのだ。

「これだ、気取らない優美・気取らぬ魅力・つつしみ深い」

花言葉辞典を指でなぞりながら小さな声で読んだ。後ろから誰かに本をとられた。

「ちょっと………」

「やっぱりいると思った。」

「な・何よ。」

「くくっ。ここ図書館!静かにね。」

「………。」

何なのかしらこの人。

「で、わかったの?」

「えぇ。」

「ふ〜ん。」


閉館の時間になったため椿はさっきの本を借りて帰宅することにした。

「お嬢様、お車で帰らないのですか?」

桔平がばかにしているような口調で言った。

「遅くなったから車を待たせてないのよ。」


何かこの人のばかにしているような言い方嫌だわ。


「怒ったかい?」

「………」

無視よ無視。

「ごめんごめん。機嫌直してって!」

「ねぇ、何で椿の花の花言葉を聞いたの?」


仕方なく椿は口を開いた。

「内緒!知りたかったら明日の昼休み中庭に来な。」


そう言って走って帰っていった。

「ちょっ………」


変な人。









「あれ?まだ来てないのかしら?」


昼休み。昨日の中庭に椿が現れた。


「待たせたかい?」

また突然後ろから彼が現れた。

「今来たところよ。」

「そうか。」

「で、何で聞いたの?」

「教えてほしいかい?」

「だから来たのじゃない。」

「じゃぁ花言葉を言ってみな。」

「え〜っと、気取らない優美・気取らぬ魅力・つつしみ深いだったわよね? 」


ひとつひとつ思いだしながら答えた。

「そう!まさに君の名前と性格は一致してるよ。」

指を鳴らした。

「??」

「君を花に例えたらまさしく椿だよ。」

「えっ?」

「英徳の気取ったお嬢様とは違う。」

「それならあなたもどこかの馬鹿な御曹司とは違うわ。」


ニコッと答えた。

「よかったら僕と付き合ってくれませんか?椿姫様。」

「えっ?」


桔平は椿に椿の花を手渡した。


「えぇ。」

私の口からはこの言葉が自然と出た。




私は自由きままな彼にひかれたのだった。 これが彼との出会いだったわ。
私は彼のことが本当に好きだったのかしら? 好きだったならどうしてもっと頑張らなかったの?


愛があれば乗り越えられたことじゃないのかしら? あの頃の自分が凄く嫌い。











4.後悔






「お姉さんいつもより凄く綺麗」

いつもよりも綺麗な椿に驚くつくし。

「本当?ありがとう。今から知り合いの結婚式に行くのよ。」

「そうなんですか、帰ってきたら感想を聞かせて下さいね!」

「えぇ。じゃぁ行ってくるわ。」

 「いってらっしゃい。」


椿は車に乗り込んだ。





あの頃より強くなったんだから。 彼に会っても平気。 いつまでも逃げてられない。
でもあの頃もう少し頑張っていたら、今日式を挙げるのが私とだったかも。


道明寺家なんか捨てれば。 あの時別れなければ。 後悔ばかりが残る。













5.心からのおめでとう








軽やかな音楽とともに新郎・新婦が入場してきた。



ここは都内の式場。 式は聞えが悪いがごく平凡の庶民的な普通の式だった。
でもそんな式は二人の幸せそうな顔でどんな豪華な式よりも幸せそうだった。


「おめでとう。」



客席からは二人にむかってお祝いの言葉が飛ぶ。


おめでとう?


私は心から言えるのかしら、祝福を出来るのかしら? 幸せそうな彼を見れたけれど………。


「椿?」



椿は後ろから呼ぶ自分の名前に反応し振り向いた。

「はい?」


そこには新郎・新婦の姿が。


「桔平さん・・・」


こんな近くにあの人が。

「やぁ。来てくれてありがとう。」

「あっその、おめでとう。」


心から言ってない………


「ありがとう。こちらが妻の菫だよ。」

「こんにちは。主人から聞いてます。」


女は一礼した。


「こんにちは。」


この人が菫さんね。 特別美人でもなく、 どこかのお嬢様ってわけでもない。



「じゃぁ私はあちらに挨拶に行ってくるわ。」


菫さんは席をはずした。


「久しぶりだね。」

「えぇ。」

「椿は幸せかい?」

「もちろんよ。あたなは?」

「僕も。」

「私達の愛はお互いの幸せって形になったけれど菫さんとは二人で幸せになってね。」

「もちろんだよ。君を幸せに出来なかった僕を許してくれ。」

「私こそごめんなさい。私の家のせいで………。」

「いや。あの頃は幼かったんだね。」

「えぇ。………じゃぁ私は失礼するわ。」



椿はそう言い残し開場を出た。














6.菫の花言葉











椿は家に着いてすぐに部屋に行きあれを探した。


「あったわ!」


椿の手には分厚い本が。


【花言葉辞典】


「これ図書館で借りたまま返してなかったのよね。・・・えっとすみれすみれと……あった。誠実・愛・思慮・思慮深い思いか……。」


合ってるわね。 誠実に愛。 桔平さんに合ってるわ。


「真実の愛、誠実、謙譲川の神の娘イオには許婚がいましたが、太陽神アポロンが横恋慕してイオを我が物にしようとします。
女神ディアナがイオの姿をすみれに変えてアポロンから守り、イオは無事許婚と結ばれたというギリシャ神話から、真実の愛などの花言葉がつきました。……かぁ。
菫さんと桔平さんは真実の愛なのね。うふふ。」



そうだわこの本返さなきゃ。











7.扉










椿はあの本を返すために英徳学園に来た。

学生の頃の思い出がいっぱいの学園。 あの人との思い出もたくさん………




「この中庭、初めてあの人としゃべったところ。」

「ここのベンチで告白されたのよね。」


椿は白いベンチに腰かけた。本当にたくさんの思い出がいっぱい。




椿はあの図書館に向かった。


 「これ十数年前に借りたものなんですけど……返せるかしら?」

「名前は……」

図書の係員は顔を上げた。

「道明寺椿様ですね?失礼しました。」


係員の男は椿に向かって頭を下げた。


「別にあなた悪いことなんてしてないわよ。それよりこの本……」

「はっすいません、今。」

椿は係員の男に本をわたした。


「花言葉辞典ですね。お預かりします。」

「あっちょっと待っ……」


カレトノオモイデノシナ……… モッテイカナイデ……… 頭にその言葉が浮かんだ。


「はい、何か?」

「いえ………」


いつまでも引きずってちゃだめ。この本を返して彼とのこともすっきりする。
帰る前にあそこにだけ行きたいわ。 よく二人で行った場所。







椿が来たのは高等部の非常口を出たところ。そこには木や草花がたくさん生えている。


「まだあった。」


そこには椿の木が。
よくここに来て色々話したわ。 この椿の木の下で。 まだ愛し合っていた時。


「あれ?」


私さっきから過去形で話してる。 もうあの人への気持ちは過去なんだ。

愛情が【愛してる】から【愛してた】に変わった。 思い出なんだ。


「そっか……ふふっ。さて家へ帰りましょう。」




―――ガチャン





ドアが閉まると共に風が一吹きした。



私には新しい風が吹いたんだ。桔平さんとの思い出はこのドアと共に閉め、新しい風=誠さんと生きる。
すっきりして言うんだ。 桔平さんには心から「おめでとう」って。


あの人には心から「大好き」って。











8.







もうあの頃を責めてる私はいない。
今いるのは過去の自分やあの時の弱さ幼さそして恋を含めて強くなった私。 過去を誇りに思ってる私。
今は誠さんを愛してる。 そしてこれからも愛し続ける。 過去があったおかげで変われた。


「誠さん葵、朝よ。起きなさい。」


今は一人の子供が出来た。


【葵】


大きくなった時自分の名前の花言葉を調べるのかしら?
そうしたら花言葉辞典を買ってあげましょう。うふふ。





幸せな恋には辛い過去がある。










 ―END―






 







みもえさんから頂いた椿のお話でした。いつも登場していたわけではないけれど、花男には欠かせない皆のお姉様です。
そういえば椿さんのだんな様は名前こそ出てきませんでしたが、登場の仕方にインパクトのあるお方だったように思います
(多分たった1コマだったような気が…)。めったに見られない椿のお話をありがとうございました!!(2004/04/20)