ただ会いたくて 〜Her stray heart〜
ニューヨークに続く空を見上げながら、ため息を一つ。非常階段のいつもの指定席で、牧野つくしはぼんやりしていた。
道明寺がニューヨークへ発って、1年。 最後の別れの日から、あっという間に月日が経ってしまった。
弟の進も無事高校に合格し、アルバイトを始めた。 父親の仕事もやっと見つかり、少しずつではあるが牧野家も落ち着きつつある。
平穏で自分が望んでいた高校生活が送れているはずなのに、つくしは物足りない気分を取り去ることができなかった。
(・・・・・・道明寺、元気かな・・・。)
自分を守ることに一生懸命になって戦っていたことや、腹が立つほどの束縛も今となっては懐かしい。 会えなくなってからは、昔のことをよく思い出すようになった。 暇ではないのに、張り合いのない毎日。
こんな日は、無性に道明寺に会いたくなる。いつものように、たわいのないことで口喧嘩して・・・。
(・・・会いたいな・・・。)
『想いはいつか風化する』
亜門が言った言葉を信じたくはないが、今なら少しわかる気がする。 道明寺とつくしが住む世界は、全然違う。つくしの知らない道明寺の世界は広い。逆も言えるのだ。 遠距離恋愛をするようになって初めて、つくしは改めて世界の違いを考えるようになった。 ・・・でも、会いたい。それが難しいことも百も承知だ。
道明寺だけは違う、違うと信じたいけれど、こうしているうちに道明寺はつくしのことなんか忘れて、 金髪美女といちゃいちゃしているところを想像してしまう。
「・・・だーっ!!何か、腹立ってきた〜!!」
つくしは大声で叫ぶと、勢いよく立ち上がった・・・が、途中で頭を抑える羽目になってしまった。
「〜〜あいた・・・・。」
「・・・イテーのはこっちだ・・・。思い切りやりやがって・・・。」
顎をさすりながら少し涙目になってそこに立っていたのは、西門総二郎だった。
「何で、西門さんがそこにいるのよ。大学は?」
「・・・びっくりさせようとだな・・・いや、下から牧野のパンツが見えたからさ、色気ねぇから注意してやろうと・・・。」
「余計なお世話。」
総二郎を睨むようにビシッと言い切ると、つくしはまだ痛そうに頭をさすった。
「・・・ま、それはおいといて、どうしたんだよ。最近、元気ねーんじゃねーの?類も言ってたけど。 英徳学園一の猛獣使いが。」
「一言余計よ。あたしだっていつも忙しいんだから、ぼーっとしたい時だってあるの!」
「ふーん・・・。」
納得したのかしていないのか、つくしから目を逸らすと、総二郎は冷たい壁にもたれてふと思い出したように口を開いた。
「・・・もうあれから一年か。早いな。もうすぐお前も、とうとうここを卒業か。」
「・・・やっとね。あんたたちに出会ったお陰で、充実した高校生活だったわ。・・・いろんな意味で。」
つくしは皮肉たっぷりにそう言うと、総二郎の隣に腰を下ろした。
「まあな。赤札を貼られてこの学園を卒業した奴は、お前が初めてだな。・・・あ、和也もか。あいつもある意味タフな奴だし。」
にやりと笑う総二朗に、つくしは面白くなさそうに頬を膨らませる。
「そりゃ、あんなにいろんなことが起これば、誰だってタフにもなるわよ・・・。」
春先の少し冷たい風が、二人の間を通り過ぎていった。 遠くの方からは、大学部の授業の終わりを告げるチャイムが鳴っている。
非常階段でつくしの隣にいるのは、道明寺ではなく、花沢類でもなく、西門総二郎。
(・・・この人なら、どんな答えを出すのだろう?)
つくしは思い切って聞いてみることにした。
「・・・ねぇ、西門さん。人の想いって風化するものなのかな。」
「・・何だよ。突然。」
「いや、何となく聞いてみたくて。西門さんならどう考えてるのかなって思ったから。」
西門は「そうだな・・・」と、さっきつくしの頭がぶつかったところを撫でながら少し考えると、ゆっくりと口を開いた。
「俺にとっては、人の想いは1かゼロだからな。終わったらそれでおしまい!ゼロに戻るだけ。 だから風化することはない。」
「・・・でも、西門さんだって一人の人をずっと思い続けたことだってあるでしょ?その時間が長ければ長いほど・・・」
「風化することはないって?・・・牧野。変わらないものなんてないんだよ。 現にお前だって、気持ちは変わっただろ?最初は類に傾いていた気持ちが司に。」
「それは・・・」
総二郎の予想外の答えに、つくしは言葉を詰まらせた。 つくしの頭の中をいろいろな想いが駆け巡って、思わず目頭が熱くなる。
「・・・本当はわかってるわよ。だから、聞いてみたかったのよ。 いくらあいつでも、4年も会わなきゃ気持ちだって変わるかもしれない。 ・・・会いたい。あいつに会いたいの!ただそれだけ!!」
呆気にとられたようにつくしを見ている総二郎に、つくしは噛み付くようにそう言うと膝に顔を埋めて泣き出した。 総二郎はやれやれというように、つくしの頭を撫でる。
「・・・牧野。司がいなくて不安な気持ちになっていることはわかるけど、信じてやれよ。 後にも先にも、司が人に対してあんなに執着した奴は、お前の他にいないんだからよ。 ・・・ま、それでも俺が言ったことは否定はしないけど・・・変わらないものなんてない。」
「・・・。」
つくしは赤くなった目を誤魔化すようにぐいと袖でこすると、総二郎に小さな声でごめんとつぶやいた。
(・・・珍しいもん、見たな・・・。)
いつも気丈な牧野つくしが、総二郎はまさか自分の前で泣くとは思いもしなかった。 でも気持ちはわからないでもない。
(司や類が惹かれたのも、こいつの強さも弱さも全部他人に見せるところなんだろうな・・・。)
総二郎は一つ咳払いすると、うーん、と伸びをしながらつくしに背を向けて立ち上がる。
「・・・変わらないものはないだろうけど、何事にも例外はあるさ。」
「え?」
キョトンとするつくしを、総二郎はにやりと笑って振り返る。
「・・・牧野の意外なかわいい一面を拝めたことだし、早速今日のことを司に報告してやらないとね。 あいつ喜ぶぞ〜。『そんなに俺様に会いたがってんのか』って。」
「!!」
つくしは顔を赤くして、総二郎を追いかけるように立ち上がる。
「それで司の帰国時期が早まったら俺のお陰だな。感謝してもらわないとね。」
「ちょっと西門さん!?やめてよねー!」
非常階段で追いかけっこを始めた彼らの間を、さっきよりも少しだけ温かな春の風が通り過ぎた。
fin.
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