恋は常に同時進行。1つだけじゃ物足りない。

囁かれる愛の言葉に嬉しくもあり、退屈であり。

体を重ねても何も心に響かないのは、なぜ?

ありきたりの言葉で喜ぶ女達は、彼の心の奥底など知る訳もなく、

「彼は私のものだ。」と、気まぐれな彼のやさしさとぬくもりに溺れ、気が付けば彼はいない。

それでも女達は彼を求める。

そして彼もまた、心の隙間を埋めてくれる、『たった一人の女』を探して――――











一期一会

〜ソレデモボクハ〜














「・・・サイテ―。」

バシッ!

頬を打つ鈍い音が、喫茶店に響き渡った。肌がぶつかる音に、客の注目が一斉に集まる。
男の頬を打ったらしい窓側の座席に座る女は、そのまま勢いよく立ち上がると、コートと鞄を掴んで赤くなった目をそのままに足早に店を出た。

相席の男はやれやれと言うようにため息を吐くと、打たれて赤くなった頬を撫でる。


―――疲れた・・・。



男の名は、西門総二郎。

茶道の家元、西門家の次男にして跡取り。襲名まであと数年。彼が学生として自由の身でいられるのもそれほど長くはない。
家元である父の血を色濃く受け継ぎながら、どうやらその才能は女性方面にも同様に立派?に発揮されているらしい。
さっきの彼女には、たまたま他の女と一緒に歩いているところを偶然見られていたのだ。

呼び出されて最初は遠まわしに探られたが、面倒臭くなって総二郎は自分から告白した。

打たれたのは、当然と言えば当然なのだが・・・。





(・・・さて・・・これからどうすっかな・・・)

タイミング良く、ポケットの中の携帯が震える。表示されている電話番号は見たことのないものだ。
総二郎は、とりあえず通話ボタンを押して電話に出た。

「もしもし?」

「あ、ジロー?・・・あたし。サラだよ」

「ああ、サラか・・・って、おい。・・・俺、お前に携帯の番号教えたっけ?」

久しぶりに再会したのはサラの高校。
優紀の紹介で行った茶道部に、偶然サラがいたのだ。
それからいろいろあって昔の恋と決別したのだが・・・、元の「ただの幼馴染」に戻ったとはいえ、
総二郎はサラに携帯の番号を教えることはしなかった。

そうすることに特別理由があったわけではない。



「あ、ごめん。実はおばさまに聞いたの。・・・久しぶりにジローのお茶が飲んでみたいなと思って」

迷惑だった?とサラは総二郎の機嫌を伺うように聞く。

「いや・・・今日はこれから何も用事ねーし、いいけど・・・」

「・・・ホント?よかった―!」

心から嬉しそうな声。
しばらく会ってなかったにも関わらず、余りにも昔と変わらないサラの反応に、総二郎はくすっと笑った。

「え?あたし、何か変かな?」

「・・・いや、変わんね―なと思って。」

「そっかなー。これでも昔に比べたらあたし変わったと思うんだけどなぁ。
・・・でも、ジローは昔と変わんないね。」

「おう。俺は昔も今もいい男だからな。」

「・・・あはは、そういうところがジローらしいね」

たわいのないおしゃべりをしながら、総二郎は携帯を片手に家まで歩き続けた。
ついこの間まで会ってなかったのが嘘だったかのように、ほとんど絶え間なく会話は続いた。

総二郎の家の前には、携帯電話を持ったサラがいた。

「・・・さ、入れよ」

「久しぶり・・・でもないか。この間お邪魔したし。」

「その辺座って。用意するから。」


さっきまでの街中の喧騒が嘘のように、茶室の中は静寂だ。

最後に2人でビルの屋上で朝日を見てから確実に時間は経っているのに、
まだお互いの気持ちを誤魔化しあっていた、別れる前のあの時に戻った気さえする。


「さ、できたぜ。」

「わ、ありがと。」

いただきます、とサラはゆっくりと飲み干した。

「・・・最高!」


その昔と変わらない見事な飲みっぷりに、総二郎はがくっと肩を落とす。

「おま・・・茶道部に入っても変わんねーな。」

「だって、やっぱりおいしーんだもん。ジローのお茶。」

「…お褒めに預かって光栄。」

あはは、とサラは目を細めて微笑んだ。

「・・・ほんと、久しぶり。こうやってここでジローと過ごすの。」

「そうだな。お前、いつもお菓子抱えて来てたもんな。・・・絶妙のタイミングで。」

ニヤリと意味ありげな表情を作る総二郎にサラはバツの悪い顔をした。

「あ、もう。ジロー、やなこと思い出すなぁ。あれは不可抗力でしょ?ジローだって悪いんだよ。
神聖な茶室に彼女連れ込むなんて。」

「俺はいいの。・・・で、サラ。お前、何か話があって来たんじゃねーの?」



総二郎の言葉に、サラはどきりとした表情をした。

「・・・やっぱ、ジローには隠し事出来ないね。あたし、顔に書いてあった?」

「いいや・・・野生の勘ってやつかな?何となく」

サラは人差し指で茶碗の口をなぞりながら、聞きたいことがあるの、と消え入りそうな声で言う。


「・・・ジローは・・・、優紀ちゃんとなんかあった?」

意外なことを聞かれ、総二郎の心臓がどくんと打った。

「・・・何かあったとしても、俺が答えることじゃないと思うけど・・・」

「そ、そうだよね。ごめん・・・ただ、優紀ちゃん最近すごく変わったから、気になって…

ジローなら何か知ってるんじゃないかと思って・・・。ほら、ジローをあたしの高校に引っ張ってきたの、優紀ちゃんだし。」

サラは慌てたように手を振る。そして落ち着かない自分の気持ちを押さえるかのように、何度も自分の髪に触れた。

困っている時の、サラの癖だ。

「・・・優紀ちゃんのこと・・・そんなに気になる?」

総二郎は突然真顔で覗き込むようにサラをじっと見つめた。
赤くなってうっと答えにつまるサラの様子に、総二郎はプッと噴き出した。

「・・・何よ。ジローってば、笑わなくったっていいでしょー?」

「・・・・くっ、くっ・・・ごめん。おまえのそんな顔、久しぶりに見たからさ。何か意地悪したくなって・・・。」

「もう!」

ジローなんて知らない!と頬を膨らませたサラに、総二郎は口を開いた。

「『ファンタジスタ』。」

「え?」

「・・・優紀ちゃんにとって俺は『ファンタジスタ』なんだってさ。」

総二郎の言葉に何か思うところがあったのか、しばらく言葉につまるサラだったが、
やがて自分で納得したように、総二郎に向かって小さな声でつぶやいた。

「・・・本当にジローのことが好きなんだね。優紀ちゃん。」

「でも、もう終わったよ。」

総二郎の返事の後、そっか・・・とサラは複雑な表情でつぶやいたあと、ゆっくりと立ち上がった。
スカートのしわを気にしている彼女を見ながら、総二郎が声を掛けた。

「・・・帰るのか?」

「え?・・・あ、うん。『ジローのお茶を飲む』っていう目的も達成したことだし。お母さんに頼まれてた用事を思い出したから。
せっかくつきあってくれたのに、ごめんね。・・・また遊びに来ていい?」

「・・・ああ。もちろん。」

「よかった!」

昔と同じはにかんだ笑顔を見せる彼女に、総二郎はふと、今はもう使っていない言葉を思い出した。

「・・・サラ。『一期一会』って言葉、知ってるか?」

「うん。ジロー、昔よく使ってたよね。『茶道の世界は一期一会!!今この瞬間を逃したら二度とお目にかかれないってこと!』って。」

「・・・さすが、っていうか、よく覚えてるなぁ」

苦笑する総二郎の様子に、サラはふふっと笑った。

「まあね。伊達に幼馴染してたわけじゃないから。」

「・・・その言葉、お前と別れてから使わなくなったって言ったら、信じる?」

総二郎は真顔になってサラを見つめた。

「え?それって・・・」

どういうこと?というサラの言葉を遮って、総二郎はため息を吐くように言った。

「あの時は、まさかこうして、お前とつながる瞬間がまたあるなんて思いもしなかった。
・・・俺達にとっては、お前との約束を破った時が『一期一会』だったから。
でも、お前と久しぶりに会えたのは・・・」

「・・・優紀ちゃんのお陰だね。でも・・・」

サラは総二郎をじっと見つめた。

「・・・あたしたち、あの頃と同じ気持ちに戻れるかな。」

「サラ、俺は―――――」









今度こそ大切にしたいと思う。決して繋がることはないと、一度は自分で壊してしまった恋を。
ゲームのような恋愛に心が渇き始めた今、癒してくれるのは多分、新しい恋ではなく目の前の彼女だけだ。
手を離したらきっと一生チャンスは来ない気がする。

遊びの恋はもういいだろう。

今度こそ最後。『一期一会』は彼女との恋のために。














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あれからどれだけ月日がだっただろうか。

家元として忙しい日々を送る総二郎には、彼にそっくりに育った一人息子、修一郎がいた。
ちょっと抜けているけれど真面目に家業をこなし、次期家元として注目されるまでに成長していた。
しかし、性格までは総二郎に似なかったらしく、いい加減なところがある総二郎とはたびたび衝突していた。


そんなある日、修一郎が茶室にいる総二郎に声を掛けた。

「父さん。居間で母さんが呼んでたよ。」

「ああ、わかった。」

「あ、それと・・・この間母さんに聞いたんだけどさ・・・」

「『一期一会』って、父さんの大好きな言葉なんだってね。」

そう言って意味ありげにニヤリと笑う息子に、総二郎は全てを悟った。

「お、おまえどうしてそれを・・・?母さんか〜」

赤くなって悔しがる父親の見せる珍しい姿に、息子は少々驚きつつ、総二郎に向かって微笑んだ。

「・・・ちょっと見直したよ。いい加減だと思ってたけど、父さんって真面目なところもあるんだね。」

息子の言葉に、照れ臭さと驚きを隠せない総二郎は真っ赤になって怒り始めた。

「〜〜そんなくだらんこと言ってないで、仕事してこい!司が今度のパーティーでちょっとして茶会をするって言ってたぞ!
家元代理として、お前にはそこに行ってもらうからな!!ミスしたらどうなるか・・・」

その言葉に驚いた修一郎は、青くなって慌て始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ、父さん!司って道明寺の!? それだけは勘弁してよ。あの人恐いのに。」

「いーや、だめだ。もう司には言ってあるからな。ついでに今のお前の言葉も伝えておこうか。」

「ちょっと待ってよ、父さん!!〜〜〜・・・見直したっていうの、前言撤回。」

最後、ぼそりとつぶやいた息子の言葉に、総二郎は気づいていたが無視することにした。
やり返されて悔しがっている息子の肩を、にっこり笑って軽く叩いた。

「ひょっとしたらそこで、お前の『一期一会』があるかもしれんじゃないか。」











「・・・あたしたち、あの頃と同じ気持ちに戻れるかな。」


「サラ、俺は―――――今この瞬間も俺達にとって『一期一会』だと思う。

ビルや朝日はないけど、お前がいいならあの時にもう一度戻って・・・・・・・『一期一会の恋』しようか。」






fin.







…というわけで、まず1つお題完成。久しぶりに書きました。総二郎がテーマで、結局サラとハッピーエンドのものは
他サイト様でまだ読んだことがなかったので、なかなかに苦労しました。話をまとめるのって難しいですね。何だかんだと
何だかまとまらなくなってしまった。表現方法も難しいです(涙)。でも楽しんで頂ければ幸いです。(2004/03/04)


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