運命の坂道を転がり落ちるように始まった恋は、いつの間にか「彼」の腕の中に落ち着いて、
気が付けば、あたしは自分が理想としていた恋の中に身を委ねていた。
――言葉を交わさなくても、お互いのことがなんとなくわかる、そんな恋に憧れて。
長女気質で、昔から困っている人を見たら放っておけない性格だったあたしは、人から頼りにされるのが嬉しい反面、
心のどこかで「誰かに守られたい」と思っていたのかもしれない。
いろんなことが起こりすぎてどうでもいいと投げやりになっていた時、あたしの心を癒してくれたのは花沢類だった。
何も聞かず、何も言わず、ただ黙って抱きしめてくれた彼の暖かさに、あたしは涙が止まらなかった。
今日も隣で眠る類の顔を、先に目を覚ましてシャワーを浴びてきたあたしはじっと見つめていた。
昔に比べると、彼は少し大人びた顔つきになった気がする。
昔、F4に偉そうに啖呵を切ったことがあるけれど、成長していないのは実はあたしの方かもしれない。
今では類に守られて生きている弱い女になっている。そして、それが嬉しいと思う自分がいるのもわかってる。
――――強くありたい。
昔から思っていたことだ。でももう一人のあたしが叫んでいる。
――――デモ、ダレカニマモッテホシイ・・・。
じゃあ、あたしはどうしたい・・・?どうしたらいい?
穏やかに眠る彼の寝顔を複雑な思いで見ていると、重そうな瞼をこじ開けるようにして彼がゆっくりと目を覚ました。
「・・・おはよ。」
あたしはにっこり笑って彼に言うと、体を起こして不機嫌そうに目をこすりながら彼は言った。
「・・・何か嫌な夢、見た。」
「どんな夢?」
「あんたが、泣きながら俺にさよなら言う夢。」
心の奥を見透かされたようで、ドキッとしながらあたしは類の大きな手を取った。
「・・・そんなこと、言うわけないでしょ?」
「じゃ、その証拠見せて。」
「え?」
「オレから離れないっていう証拠。」
類はつないだあたしの手を、そのまま自分の胸に当てた。トクントクンと規則正しい心臓の鼓動をかすかに感じる。
まっすぐにあたしを見据える彼の視線が、あたしを捕らえて離さない。
彼の真剣な表情にあたしが何も言えずにいると、彼はあたしの肩に甘えるようにもたれかかってきた。
「・・・牧野がいないとオレ、多分生きていかれない。」
あたしは思わぬ彼の言葉に、驚いて彼を見た。
「・・・それはあたしだって・・・。」
「・・・牧野が好きだ。他の男と話しているのを見ると腹が立つ。会えない時は、何しているのかって気になってしょうがないんだ。
抱きしめている時だって、このままめちゃくちゃにしてオレのものにしたいって何度・・・」
「花沢類・・・」
類はあたしの肩にもたれさせたまま言葉を続ける。
「・・・ごめん。オレ、牧野が思っているほど大人じゃないよ。
静の時と同じ。自分が欲しいと思ったもので自分のものにならない時は、嫌になるほどわがままだ。
・・・これで牧野がオレを嫌いになってもしょうがないかもしれない。」
弱気な彼の発言に驚きながらも、彼が本当にあたしのことを必要としてくれていると知って嬉しかった。
彼の手にそっと触れると、彼がまたぎゅっとその存在を確かめるようにしてその手を握り返した。
「・・・ばか。嫌になるわけないじゃん。むしろ、花沢類があたしに対して執着心を持っていてくれたことが嬉しいし。
あたしは、花沢類から形にできないもの、たくさんもらったよ。」
彼は顔を上げて、嬉しそうにこっちを見た。
「・・・ありがとう。」
花沢類は極上の笑みであたしに笑いかけると、枕の下から小さな箱を取り出した。
「じゃ、オレから牧野に、形のあるとっておきのものあげるよ。『将来の約束』っていうのかな・・・。」
一つの予感に、あたしの心臓は大きな音を立て始めた。
彼は箱から小さな銀の指輪を取り出すと、あたしの右手の薬指にそろそろとはめた。
いろいろな言葉があたしの中で駆け巡るのだが、多すぎて何から話せばいいのかわからない。
目がじんわりと熱くなって、涙が零れ落ちるのを止めることができなかった。あたしは声をつまらせながら、やっとの思いで口を開いた。
「・・・ありがとう。」
「どういたしまして。」
類はにこっと笑うとあたしの頬にキスをして、涙をぺろりと舌で掬い取った。
「ひゃっ」
あたしはその感触に、思わず身をよじって彼から離れる。
類はそのきれいな瞳をキラキラさせながら、あたしにキスを何度もし続けた。
髪に、額に、瞼に、頬に、首筋に・・・・。
くすぐったくって、あたしは笑いながら降参の声を上げる。
「あ・・・笑った。」
類はそれだけ言うと、満足したかのようにあたしを抱き締めながら、一緒に眠ろうとまたベットの世界に引き込んだ。
「ちょ、だめだって。花沢類。もういい加減起きなきゃ、一日が終わっちゃうよ?」
「・・・今日はせっかくの休みなのに・・・。」
あたしは腰に回された腕を解こうと力を入れると、類はやれやれという表情をしながら、
『そうはさせるか』とあたしの耳元で、大好きなその低い声で囁いた。
「・・・牧野がいないと眠れない。それとも、ベットから出られないように疲れるまで・・・する?」
花沢類の言葉に、『何言ってんの』と真っ赤になりながらそばにあったクッションを持って言い返そうとしたあたしの唇は、
最後まで言い終わる前に花沢類に簡単に塞がれてしまった。
あたしの中が花沢類でいっぱいに満たされるまで。
息もつけないほどの甘い時間に、あたしの心は火が付いたように突然、悲鳴を上げ始める。
・・ヤメテ。アタシノココロノナカニ、コレイジョウフミコマナイデ。
夢中になればなるほど、失った時の喪失感が大きいから。あたしはまだそれに耐える自信がない。
あたしは不安で怖くて、ぎゅっと類にしがみついた。
「・・・大丈夫。俺は牧野のそばにずっといるから。」
彼のこういう優しさに、あたしは時々泣きたくなるのだ。
あたしの気持ちを見透かしたように、汗で額に貼りついた泣きそうな顔のあたしの髪を優しく整えると、
彼は何も言わずに、あたしの手を眠るまでずっとつないでいてくれた。
『Ever
After』と言うにはまだまだ遠いかもしれない、やっぱり障害の多いあたしの恋だけど、
あたしは花沢類と幸せになろうと強く思いながら、幸せな気持ちで眠りに落ちていった。