かくれんぼ
〜『竹馬の友』の始まり〜



 

 


 

 

気が付けばいつも一緒にいた。

司、総二郎、あきら、そして・・・静。


 

自分をうまくコントロール出来なくて、突然吐いてしまったりなど、

酷く内向的だった俺を、少しずつ外に連れ出してくれたのは紛れもなく彼女だ。

5人で遊ぶ時にはいつも俺のそばにいてくれた。

お嬢様なのに甘えたところはなく、時には俺達を厳しく叱り、時には優しく包んでくれた彼女。

 

そんな静に俺はいつのまにか特別な気持ちを抱くようになったけれど・・・。

 

 

まだ幼い俺達の、恋心さえ自覚していなかった頃の話。

 

 



 

 

***

 

 

 

 

 

「おい、これからかくれんぼしようぜっ!」

当時、5人の中で一番背が低かった司が突然口を開いた。



ここは道明寺邸。手入れされた立派な庭が見渡せる、ぽかぽかと優しい日差しが降り注ぐテラス。
テーブルを囲んでお茶をしていた幼馴染達の視線が一斉に司に注がれた。



「かくれんぼ?そんなのボンビーがする遊びじゃねーの?」

総二郎が嫌そうに眉を寄せる。その表情に怒りを瞳に浮かべた司が、ゲンコツを作るとぽかっと総二郎を叩いた。

「おもちゃで遊ぶのにあきたんだよっ。うちは広いし。・・・そうだ。
一番さいしょに見つかったやつはおれの言うことを何でもきくってことにしよう!!」

「「えーっ!!」」

総二郎とあきらが同時に不満そうな声をあげると、3人の様子を見ていた静が笑いながら
「面白そうじゃない。一緒にやりましょう」と承諾した。

「・・・ただし、最後まで発見されなかった人は、オニが一つだけその人の言うことを聞くっていうのはどうかしら?」

面白くない顔をしていた二人がパッと顔を明るくさせると、「それなら・・・」と司の方を見る。
司は、何やら自分の思うこととは違う方向に話が進んでいることに複雑な顔をしたが、
自分のテリトリー(家)でのゲームだから負けるはずがない、と首を縦に振った。

 

「じゃ、もちろん、おれが『オニ』な。」

ニヤリと小悪魔のような笑顔をすると、司は「さあ、どこにでもかくれろ!」と俺達をテラスから追い立てた。

「ちゃんと100まで数えろよ〜。」

「10ずつ数えるのははんそくだからなぁ。」

捨て台詞を残して足早に駆けて行く総二郎とあきらに、司は「うるさいっ!」と顔を赤くして叫ぶとゆっくり数え始めた。


「いーち、にーい、さーんっ・・・・」


どうしていいのかわからなかった俺に、静は微笑みかけると俺の手を取った。

「・・・じゃ、類。あたしと一緒にかくれよ。」

二人なら怖くないから、とにっこり笑いかける静に、俺はコクリと頷くと手を引かれてテラスを出た。

 

 

隠れ場所を探すため、しばらく廊下を歩いているとドアが少しだけ開いている部屋があった。
静と俺はその部屋にもぐりこむと、身を隠す場所をきょろきょろと探す。

大きなレースのついたかわいらしい部屋。大きなぬいぐるみがたくさんある。
多分、ここは椿ねーちゃんの部屋だ。

静も同じことを考えていたらしい。さすがの司もねーちゃんの部屋には遠慮して探しに来ないだろう。

「・・・もーいーかい」

遠くで司の声が聞こえる。

「まーだだよっ!」

大声で答えると、静はしーっと唇に人差し指を当ててクローゼットの中に入り込んだ。
手をつないだまま、もちろん俺も一緒に。

部屋の前をパタパタと走る音が近づき、やがて遠ざかっていく。
司がこの部屋を通りすぎたことは確かだった。

 

静が面白そうにふふっと笑っていた。
薄暗いクローゼットの中は、子供二人が入るのにちょうどよかった。
つないだ手から伝わる静のぬくもり。そばにいてくれるだけで安心する。

お互いの息遣いだけが聞こえる中で俺は少しずつ眠くなってしまい、静の肩にもたれかかった。


「え?類?」


戸惑う静の声を余所に、一旦重くなったまぶたはなかなか上がらず。
俺はそのまま寝てしまった。

 

 

 

―――目覚めたのは、なかなか出てこない俺達を心配して司達と一緒に探していた椿ねーちゃんの声だった。

「・・・きゃあっ!・・・あんたたちこんなところにいたの・・・」

自分の部屋のクローゼットを開けたら、子供二人が肩を寄せ合って寝ているなんて誰だって驚くだろう。

ゲーム中に、わざわざ自分から見つかるわけにもいかず、かといって俺を一人にするわけにもいかず、
考えているうちにどうやら静も眠ってしまったようだった。




かくして俺達を結局見つけ出せなかった司は、約束どおり言うことを聞くことになってしまった。
総二郎とあきらは司の野生の勘によって、それほど時間もかからず見つかってしまったようだ。


「・・・しょーがねぇ。約束だからな。」


「類、決めた?」


俺は首を横に振った。司に叶えてもらうことなんて別にない。


「・・・ん〜、じゃあね・・・。」


静はちょっと考え込む振りをすると、司の耳元で内緒話を始めた。



「・・・えっ!何でおれがそんなこと・・・」

「・・・司だからよ。絶対よ?」



静が司に念を押す。総二郎とあきらが興味津々で二人を見ていたが、急に不機嫌になった司によって一喝された。


・・・ま、どうでもいいけど。


ぼんやりと彼女の方を見ると、静が俺を見て意味ありげににっこり笑った。

 

 


 

彼女の微笑みの意味は、次の日の朝に何となくわかった気がした。

すでに英徳学園幼稚舎に通っていた俺達だったが、俺の家に何と司が迎えに来たのだ。

「・・・お、はよ。」

機嫌悪そうにブスッとした顔で、驚く俺に挨拶した司の表情が今でも忘れられない。
・・・同じ車には、静から事情を聞いた椿ねーちゃんが目を光らせてじっと見ていたからに違いないが。

 

しばらく毎朝司の送り迎えが続いたが、俺の心の病気が一時より治まりを見せた頃には、
いつのまにか司は家に迎えに来なくなっていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「・・・へぇ。そんなことがあったんだぁ。」

 

英徳学園の非常階段。雲一つないお天気の昼下がり。
いつものように指定席に座りながら、親友の彼女である牧野つくしに昔話を一つ披露する。
話の内容に合わせてくるくると表情を変える彼女が面白くて、ついつい笑いそうになったけれど・・・。

 

「まあね。・・・その後かな。司が少しずつ荒れ出したの。」

「・・・そっか。じゃぁ、結構長い間だったんだね。あいつが迎えに来てたの。」

「ああ、後で静に聞いたら、司は俺にどう接したらいいのかわからないって、よく椿ねーちゃんに漏らしてたんだってさ。
静はそのきっかけを作ってくれたってことかな。」

牧野ははぁーっとため息を吐くと、両手で抱えた膝頭にあごをちょこんと乗せてつぶやくように言った。

「椿お姉さんもすごい人だけど、静さんもすごいなぁ・・・。やっぱり憧れるなぁ、あたし。」

 

彼女の全く素直な感想に、俺はプッと吹き出すとにっこり笑った。

「・・・牧野ならそのままでも大丈夫さ。何せ、英徳学園一の猛獣使いだからね。」

「ありがとう・・・なんて、花沢類てば、ひどい。」

 

牧野は傷付いたように言うと、複雑な表情で俺をちょっと睨んだ。

 

 

 

 

俺達を少しだけ大人にしてくれた幼馴染の彼女は、同じ空の向こう側で今日も忙しい毎日を送っているに違いない。

いつのまにか5人で遊ぶこともなくなって、今は別々の道を歩み始めている。


非常階段でぼんやりと過ごすたびふと思い出すのは、つないでいた静の温かい手と優しい微笑み。

初恋は結局叶わなかったが、今でも彼女は俺にとって特別な存在だ。

 

 

「・・・静さん、きっと元気でがんばっていると思う。とびきり素敵な靴、履いて。」

「・・・ん。」

 

そう言うと、牧野は俺ににこっと笑ってゆっくり空を見上げた。

 

「・・・道明寺も元気かなぁ。」

 

小さな声でつぶやいた牧野の言葉に、俺は返事をするかわりに腕を伸ばすと彼女の頭を優しく撫でた。









fin.













自分が作ったくせに難しいこのお題。苦し紛れになっちゃいましたが。静さん登場です。
最初はちょっと意地悪な人だなって思ったんですけど、花男の中では『大人のいい女』として描かれてますね。
つくしが大人になっていく上で静さんはさりげなくキーパーソンだなぁと思います。(2004/
04/24)


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