彼女といるとホッとする。

彼女が笑うと俺も嬉しい。

彼女が泣くと抱き締めたくなる。




彼女が隣にいると・・・・俺は・・・・・








誘惑
〜ささやかな独占〜

















司がNYに旅立って半年。
待ち合わせをしているわけでもないのに、俺と牧野はいつものように非常階段でたわいのない話をしながら、
のんびりと座っていた。


司がいなくなってからというもの、胸に開いた心の隙間を埋めるかのように、
つくしは非常階段に来ると、以前よりよく話すようになっていた。
時々、ふっと静かになった時は、たいてい牧野はNYの方角の空を仰いで、
何か祈るような表情で遠くを見つめている。

俺はそんな彼女を見ると、静を思っていた頃の昔の自分を思い出して、少し胸が痛んだ。


「友達」と言うには優しすぎて、「恋人」と言うほど甘くない。


それが俺と牧野の関係。


近すぎず遠すぎず、並んで座る彼女との間にいつも出来る、ちょうど一人分の距離。
冷たいコンクリートの床に置いた手を少し伸ばせば、すぐ彼女に触れることが出来る。
でもそうしないのは、司を思う彼女の気持ちを乱したくないから。

でも時々、寂しそうに空を見つめる彼女を見ていると、このままさらってしまおうかと考える時もあった。


彼女を守るのは司の役目。じゃ、俺は・・・?




「・・・花沢類?花沢類?」



はっとした俺の目の前に、心配そうな牧野の顔があった。

その大きな瞳の中には俺だけがいて――――
司でもなく、ただ俺を見ている牧野をもっとそばに感じたくて、俺は黙って腕を伸ばして、彼女をつかまえた。


バランスを崩してあっさり俺の腕の中に収まった彼女は、ただただ戸惑い、真っ赤になって俺の腕の中から脱出しようともがく。
そんな彼女を見て、俺はますます意地悪な気持ちになって笑いながら彼女を放さなかった。

暴れる彼女の耳元にふっと息を吹きかけると、「ひゃっ」と声をあげてゆでだこのように赤くなる。
その反応にますます笑い続ける俺に、とうとう彼女は声色を変え始めた。



「〜〜離してよ〜。鉄拳飛ぶわよ。」



それだけは勘弁、とふっと腕の力を緩め、その隙に彼女は慌てて俺から離れようとしたが、手だけは離さなかった。
右手はつながれたまま、立ち上がって牧野は怒りと困惑が入り混じった顔で俺を見下ろしている。
そんな彼女を見てにっこりと笑うと、牧野は「うっ」と顔を赤らめて俺を軽く睨んだ。



「・・・離してほしいんだけどなぁ。その手。」


「なんで?」


「なんでって、びっくりするじゃない!それにもう授業だし。」


「いいじゃん、さぼろうよ。こんないい天気なのにさ。」


「・・・あんたねぇ。」



彼女は呆れてしばらく黙ってあれこれ巡らせていたようだったが、
手を離さない俺にやがて「ま、いっか」とため息を吐くとそのまま俺の隣に座った。


さっきより近くなった2人の距離に俺は少し安心すると、牧野の肩に頭を預ける。



「ちょっと・・・」



彼女は何か言いかけたが、俺は狸寝入りをすることに決めた。
心地良い風が頬を撫でて、彼女のぬくもりが眠気を誘う。



俺の隣で、牧野は今何を考えているのだろうか?司のこと?それとも、隣で眠る俺のこと?




答えは彼女しかわからない。





だけど、鬼がいぬ間の・・・じゃなくて、司がいない間に俺が出来るささやかな独占。


肩を貸してくれた彼女に免じて、今日はこれ以上の誘惑は止めておこう。










今日だけは・・・ね。










fin.












またまた非常階段話。司が渡米している間にこんなことありそうでは。誘惑というには弱いですが。
ブラック類君です。(2004/03/21)


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