ふりだし 〜If she
wouldn't love me〜
――――― 一番大切なことは、いつも失ってから気付くんだ。
・・・もう少し気付くのが早かったら、こんな気持ちになっていなかったのかもしれない。 非常階段で一人で座っていると、ふとこんなことを思うことがある。
全てを捨てて、一人で生きることを決めたあの人。 昔からその強さに惹かれていた俺は、追いかけるような形で彼女の元へ行ったけれど・・・。 彼女のために俺が出来たことは、ただ家で彼女の帰りを待つことだけ。
生まれて初めて感じた幸福感は日々薄れていき、代わりに心の中を支配し始めた自分に対する焦燥感。 親が作ったレールの上で踊っていただけだと、今更実感した自分の認識の甘さに腹が立って、『さよなら』とたった一言だけのメモを残して帰国することにした。
心のどこかで、「俺だけは違う」とずっと思い込んでいたのかもしれない。 日本へ向かう飛行機の中で、泣きたいわけじゃなかったのになぜか流れてくる涙を止めることが出来なかった。
強くなりたい。 好きな女を守れるように。 奪い去るほどの強い愛でなくていいから――――
・・・女を追いかけるのはこれで2回目だ。 司に会いにニューヨークに行った牧野がどうしても気になって、ここまで来てしまった。 道明寺家も、本格的にあの二人を別れさせようと強攻策に出てきた。 彼女が会いに来たところで、そう簡単にハッピーエンドにはならないだろう。
ふと振り向いた視線の先に、見慣れた髪型の少女がいた。 髪で表情は見えないけれど・・・・・・。
―――泣いて、いるのだろうか。
俺を見てびっくりするだろうな。それとも怒るだろうか。 頭の中で牧野の表情が目に浮かぶようだ。
寒さで両手で体を抱きしめるようにして震えている彼女のそばに、ゆっくり近づく。
「ただ、心配で。どこかで泣いているような気がして・・・・・。」
声を押し殺し、静かに泣く彼女をそっと抱きしめた。 牧野の心はまだ司のものだ。
(・・・俺なら、泣かせないのに。)
腕の中で泣いている彼女の髪を撫でながら、そんなことを思う。 一生懸命生きている牧野を見て、いつのまにか俺も自分の気持ちに正直になることが増えてきたように思う。
幼馴染の親友は、飛行機の中で泣いていたあの時の頼りない俺だ。 大切なことに何も気付いていない。
好きな女のために何か出来る自分でいたい。例えそれが、報われない恋だとしても。 彼女が幸せに、いつまでも笑っていられるように。
だから俺は彼女に恋をする。
fin.
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