振り回されているのは、誰?

 


 





告白
〜Valentine's kiss〜




 





「先輩、今日バレンタインですね。何か道明寺さんにあげます?」

 

騒動の始まりはいつも些細な一言から。
桜子の言葉で、つくしは今日初めて女の子の重大イベントに気が付いたのだった。

「・・・忘れてた。バイト続きでそれどころじゃなかったから。」

桜子は「信じられない」と首を振り、心底呆れたようにつくしを見た。

「・・・ホント、信じられない、先輩。一応、いくら生活に疲れた主婦みたいに見えたとしても、先輩だって花の高校生なんですよ?
しかも、あの道明寺さんとつきあってるってだけでもすごいことなのに、ましてやバレンタインデーを忘れるなんて・・・。」

「桜子ってやっぱり何気に意地悪よね・・・もう、わかってるわよ。」

 

この一大イベントで彼氏の気持ちをゲットするには・・・など、桜子は役に立つのか立たないのかわからない男心をくすぐるテクニック?
を一通りつくしに伝授すると、「じゃ、がんばって下さいね。先輩」と言って足早に帰って行った。
桜子は、何だかんだ言って何気に世話好きなところがある。

 

ひょんなことから(と言っても苦労の連続だったが)、大財閥の御曹司である道明寺司とつきあうことになったつくしは、
正直、「おつきあいをしている」という実感が今ひとつ持てなかった。


(だって、顔を合わす度に喧嘩ばかりだし。あたしは生活費と学費を稼ぐためにバイトばかりだし。
二人きりで一緒に遊びにいったこともほとんどないもんね・・・・かといって助けてもらうのは嫌だし・・・・・・。)


彼女のバイトで時間が合わないことに耐えかねた彼が、声をかけてきたことだって一度や二度ではないのだ。
そして、何だかんだといってデートもろくにできないまま、彼も財閥の後継者としてしなければならない仕事が増えてきた。

 

(桜子の言う通り、さすがに・・・これはやばいかもね・・・。)

 

つくしは少し溜息を吐くと、司の携帯に電話することにした。
最初のワンコールで司が出た。

「・・・もしもし」


つくしから電話するのは久しぶりなので、何だか声がうわずってしまう。
いつもと同じ。少し不機嫌そうな低い彼の声が聞こえてきた。


『おまえからなんて、珍しいな。何かあったか?』

 

(「・・・ちょっと声が聞きたくなっちゃって・・・」)

 

桜子が言う「可愛い女」なら、そんな風に言うかもしれない。
しかし、つくしは司の声を聞いた瞬間、条件反射なのか、素直な気持ちを飲み込むようにして、可愛くないことを言ってしまった。

 

「別に。」

『・・・・・・・。』


電話の向こうできっと呆れているに違いない。沈黙の代わりに溜息を吐く彼の様子が目に浮かぶようだ。
またやってしまったと、つくしは黙って司の次の言葉を待つことにした。

『・・・まあいい。お前、これから暇か?』

「うん。今日はたまたまバイトないけど。」

『じゃ、6時に家に来い。じゃあな。』

「ちょ・・・」


つくしの言葉を遮るように、電話は一方的に切られてしまった。
司が最後まで人の言葉を聞かないのはもう慣れたが、こういうところはやはりワガママおぼちゃんだと思ってしまう。

しかも、今日はバレンタインデーだし、手ぶらで行ったりしたら何を言われるやら・・・・。
つくしは「しょうがない」と、道明寺家へ向かうことにした。

 

 

*******

 

 

久しぶりの道明寺家は、相変わらず大きかった。
使用人の人達は、つくしを見ると「お久しぶりです!」と嬉しそうに話し掛けてくれ、司の待つ部屋へ案内してくれた。

大きな白いソファーに腰掛けて書類らしきものを見ていた司は、つくしを見ると「よう」と手を振る。

「・・・あんたが何か読んでるなんて、珍しいね。何か変な感じ。」

「ああ、会社の書類だけど。こんなもんくらい当たり前だ。・・・それより、今日何の日か知ってるか。」

 

司はつくしの顔をじっと見つめると、意味ありげにニヤリと笑った。
そんな彼に気付かない振りをするように、つくしは持っていたカバンを抱き直す。
わかっているくせにわざわざ遠回しな言い方をするなんて、司もまだまだ案外可愛いところがあるのだと、つくしの心の中で悪戯心が起こった。

 

「うん、まあ。」

「・・・で?」

 

まさか持ってきていないことはないだろうと、司は今にも手を差し出して、つくしのカバンを奪いそうな様子だ。
明らかに何かを期待して、司の目は彼女を見ている。

つくしはにっこり笑うとカバンを置いて、ソファーに座る彼のそばにしゃがんで、彼の手を取って自分の頬に当てた。



「・・・・・・何が欲しい?」

 

自分らしくない、大胆なことをしているとわかっていた。そして、上目遣いに彼を見つめる。
いつも自分を守ってくれた、大きくてきれいな彼の手をつくしは両手で支えると、そのまま彼の手の甲に軽くキスをした。

最初は呆然としていた彼だったが、いつもの彼女らしくない行動に固まったまま、動けないでいた。
そうしてみるみる真っ赤になっていく彼の様子がおかしくて、つくしは我慢できない、と笑い始めた。

 

「・・・・!お前、楽しんでやってるだろ?」

司はばつが悪そうに真っ赤な顔のままで、クスクスと笑い続けるつくしを睨みつけた。

「・・・いいじゃない。たまには。こっちはいつもあんたに振り回されているんだ・・・し。わっ、ちょっと・・・!」

司は彼女の腕を取り強引に引き寄せると、細い腰に腕を回し、抱きしめるようにして彼女の耳元で囁く。

 

「・・・!!」

 

お決まりの言葉を耳元で囁かれ、今度はつくしが真っ赤になって固まってしまった。
このままじゃ、いつもと同じ彼のペースにはまってしまう。

「・・・と、とりあえず、チョコレート市販のだけど買ってきたし・・・一緒に食べない?」

彼の腕を解くようにして話題を変えようと、自分のカバンを引き寄せようとする彼女を、彼は自由を奪うように腕の中に再び閉じ込めた。



「・・・それよりもこっちのほうがいい。」

 

―――ああ、何でこの男は臆面もなくこんな台詞が言えるのだろう?


 

つくしはカバンに伸ばしかけた腕を諦めたように彼の首に回し、チョコよりも甘い時間に身を任せることになってしまった。

 

 

 

*******

 

 

「せっかくだし、チョコ一緒に食べない?」

シーツに包まりながら、つくしは持ってきた包みに手を伸ばした。

「・・・げ、俺、甘いもの苦手なんだけど。」

「大丈夫。そうだと思ってビターチョコ買ってきたし。それに・・・」

「それに?」

 

つくしはチョコを口に入れると、司にキスをした。
そのまま口内を伝って、彼にビターチョコが流れていく。

やわらかくとろとろと。それは彼女の気持ちまで一緒に。
少しずつ深くなるキスに、心臓の鼓動まで一緒に彼に流れていきそうだ。

 

やっと唇が離れると、彼は真っ赤な顔をして彼女に告げた。

 

「・・・チョコって美味いんだな。」

 

 

 

 

 

その後、甘いものが苦手だった司がチョコレートを好んで食べるようになった。
その様子に驚いた彼の友人があれこれと推測し、ずばり言い当てられた司とつくしの激しい動揺ぶりは、
後々まで語り継がれたことである。




 




 

fin.





 



うわわ・・・書いているうちにテーマとあんまり関係ないことになってしまった気がします。まあ、いいか。遅くなりましたが、バレンタインSSです。
途中の司の台詞は、お好きな台詞を妄想してください(笑)。「好き」を告白しあっているって感じですかね。でも結局、私の中ではつくし最強(ただし天然)。
「バレンタイン+チョコ+カップル」とくれば、やはり「キス」でしょう。ありきたりのような気がしますが、そこはまあ、「花男だからOK」ということで(苦笑)。2005/02/17)


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