期間限定の恋人
〜1日だけのフィアンセ〜
「司様、お客様がお見えです。何でも急用だとか・・・。」
ここはNY、DOMYOJIビルの最上階。休養中の父親である道明寺総帥の代わりに、
総帥業務をこなす司に秘書が申し訳なさそうに声をかける。
司がNYに来てから2年が過ぎた。
母親の指導の下、父親の代理としてあらゆることを学びながら厳しいビジネスの世界に身を投じた司は、
今までにない我慢の連続を強いられた。
勉強不足と、自分自身の力のなさに激しい苛立ちを感じることもたびたび。
時には、取引先の社長を殴ってしまったこともあった。が、母親の機転で何とか決裂になることは避けられた。
そんなこんなで2年目の秋。
ようやく仕事振りを周りに認められ始めた司に起きた、ちょっとした事件。
「ちょっと!こっちは急いでるんだけど。つかさー?」
「あっ、ちょっと待って下さいよ。まだいいわけじゃ・・・」
総帥室の前で聞き覚えのある声が聞こえたかと思うと、勢いよく開かれたドアからショートカットの女が走ってきた。
司の姿を認めると、嬉しそうにそのままの勢いでがばっと抱きつく。
「滋ちゃんの登場〜〜!!司っ、久しぶり!! ますますいい男になったね!」
「し、滋?何でお前ここに?・・・ちょっと、おい、こらっ離せっ、サルっ」
首筋にがっちりぶら下がった滋を、司は乱暴に引き離そうとした。
呆気に取られて事の一部始終を見ていた秘書を追い出し、ようやく離れた滋に、
司はやれやれと乱れた髪とネクタイを直しながらどかっと椅子に腰を下ろした。
「・・・で?何しに来たんだよ」
「え?久しぶりに司の顔が見たいなぁって。やっぱりF4は司がいなくちゃつまんないんだもん。
それに・・・全然連絡ないしさ。噂は聞いてたけど。」
滋はソファーに座ると、拗ねたように口を尖らせた。
「・・・忙しかったんだよ。連絡が取れないくらい。この2年ずっと。」
司がはぁーっとため息を吐く。総帥代理として覚えることが多すぎて、
日本に連絡を取りたくてもとてもそんな余裕がなかった。
「・・・つくしも寂しがってたよ。相変わらず意地っ張りだけど。」
「・・・ああ、タマから話は聞いてる。元気でやってるみたいだな。」
この2年間、つくしのことは片時も忘れたことはなかった。
突然、孤独感に悩まされ胸が締め付けられたように苦しくなった日もあった。
でも、ここまでやってこれたのは、彼女を迎えに行くという約束があったからだ。
「仕事、頑張ってるみたいだね。」
「ああ、やっと軌道に乗ってきたところかな。・・・おまえこそどうなんだよ。大河原家は?」
「・・・実は、そのことなんだけど・・・あたし、今度お見合いすることになってさ。」
司は直感的に嫌な予感を覚えた。
以前、親同士が決めたこととはいえ、滋と司はお見合いをしている。
司の母親と違い、滋の両親は温厚に見えるがどうやらそうでもないらしい。
「『オスメントコーポレーション』って知ってる?」
「ああ、ここ2、3年で急成長してきた会社だよな。うちとはまだ取引はないけど。」
「そこの社長がいたく日本びいきでさ。この間うちと取引があって。
何を思ったのかうちの父親があたしの写真を見せたら、先方の息子があたしのことを気に入ったみたいで・・・」
「・・・・で俺に、おまえのフィアンセのフリをしろと。」
「・・・当たり。」
滋は申し訳なさそうに、肩をすくめてうなずく。
やっぱり・・・と司は大きなため息を吐いた。
「嫌だ。他の奴に頼めよ。あきらなんかちょうどいいんじゃねーの?」
「・・・まあ、予想はしてたけどね。司しかだめなんだよ。あたし、まだ結婚なんてしたくないし。
それに、アメリカでも有数の財閥のオスメント家とタメ張れるなんて、あたしが知っているのでも道明寺家しか・・・」
「嫌だと言ったら嫌だ。」
きっぱりと断る司の言葉が聞こえないフリをしながら、滋は話を進める。
「それにね・・・」
ニヤリと意味ありげに笑う滋に、司はなんだよと眉をひそめた。
「『嫌がる娘を無理やり外国にお嫁にやっちゃっていいの?だったら、司にあたしの相手役を頼む』ってことを言ったら、
パパ、OKしてくれたんだ。もちろん、司とつくしのことは知ってるよ。
明日会うことになっててね、実は、もう相手に司のこと伝えちゃってるんだよね・・・」
―――親が親なら、娘も娘だ・・・。
一瞬、目を点にした司だったが、自分の置かれた立場を理解すると愕然と肩を落とした。
怒鳴りたい気持ちもあったが、それよりもあまりにも変わらない友人に呆れて何も言えなかった。
大声を出す代わりに、大きなため息をゆっくり吐き出す。
司の様子に拍子抜けした滋は、雷が落ちるかと耳をふさいでいた手をそろそろとはずす。
「・・・あれ、司、怒らない?」
「今回だけ!特別に引き受けてやるよ。親父さんも知ってることだしな。それに、おまえには借りがあるし・・・」
「借り?」
「・・・ああ、昔のことだ。いいんだよ。どうせ、明日は休みだし。しょうがねぇ、つきやってやるよ。」
「・・・ありがとう!」
滋は心から嬉しそうな顔をすると、また司に勢いよく飛びついた。
「・・・こらっ、おまえ抱きつくなっ・・・・・・わかったからもう帰れっ・・・・・ぐぇっ」
***********
お見合いと言うには大げさな、ささやかなガーデンパーティーだった。
オスメント家の庭は、道明寺邸のそれに負けず劣らず、素晴らしいものだった。
「司君、久しぶりだね。・・・噂はかねがね聞いているよ。
今日はすまないね。娘のわがままに付き合ってもらって。」
司は社交辞令の笑顔を作ると、考えていた答えを口にした。
「ご無沙汰してます。・・・滋さんの友人ですから。今日はそのつもりで来ましたし。
彼女が困ったことがあったら、助けるつもりです。」
滋の父親はにこやかに一礼すると、司にそっと近づいて小声で言った。
「今日のことはお母さんには内緒にしておくから。大丈夫だよ。
・・・別に、私は今も君と滋が結婚してもいいと思ってるけれど。」
「・・・どうも。」
『このタヌキ親父』と司は思わず口から出そうになったが抑えた。
テーブルの向こうでは、お嬢様らしく振る舞っている滋が作り笑いをしながら、
流暢な英語でオスメント夫妻とその息子と話していた。
「じゃあ、あたしのフィアンセを紹介しますね。」
滋は司に向かって手招きした。
「こちらが道明寺司さんです。」
目の前の男性がにこやかに握手を求めた。苦労の跡がしわに刻まれた、ブロンドの初老の男性だった。
「ほう!あのDOMYOJIの。私は父上を知っているよ。大学が一緒だったもんでね。
今は療養中だとか?」
「はい、今は僕が代理を務めています。」
「そうか。この若さでたいしたもんだね。・・・・うちの息子もこれぐらいしっかりしていればいいんだが。」
「お父さん!そんなこと言わないで下さいよ。」
「ああ、そうだな。がんばってるよ。・・・司君、これが息子のショーンだ」
「よろしく。」
そう言って、握手しようとした司は相手を見て驚愕した。
身長は司より少し低い位、髪は金髪で瞳の色は深いブルーだが、ショーン・オスメントはつくしの友人の青池和也にそっくりだった。
「・・・僕の顔に何か付いてるかい?」
「いえ。」
思わずショーンの顔を見つめてしまっていた司は、我に返った。
滋の方をチラリと見ると、気を取り直してショーンと握手をする。
「君がシゲルのフィアンセだね。さすが彼女が選んだだけあるよ。
・・・僕も父の跡を継いで勉強している身なので、なかなか同年代の友人と話す機会がないんだ。知り合えて嬉しい。」
『つくしちゃ〜ん』と情けない声を出して、つくしやF4の周りをうろちょろしていた和也からはとても出ない言葉だ。
ショーンの握り返した手は、心なしか司より強い力で握り返されているようだった。
司の笑顔が引きつる。
「・・・滋さんとは高校時代からの友人でして。・・・滋さんと話がしたいので、ちょっと彼女をお借りしていいですか。」
「・・・ああ、もちろんだとも。じゃ、シゲル、またあとでね。」
司は滋の腕を引っ張ると、「ちょっと来い」と連れ出した。
オスメント家の広い庭を、2人だけで歩く。
パーティー会場から少し離れた所に来ると、司と滋は申し合わせたように笑い出した。
「・・・お前、あいつと会ったことあるのか?」
「・・・やー・・・実はあたしも今日初めて会ってびっくりしたんだけど、彼、和也君にそっくりでしょ?」
「ああ、そっくりなんてもんじゃねーな。牧野が見たら驚くだろうな。」
司はショーンを見て驚くつくしの様子を思い浮かべ、楽しげに笑みを浮かべる。
そんな司を見て、滋は司の隣に並ぶと彼の腕に自分の腕を絡ませた。
「・・・おい。」
「やだなー、司ってば。今日はあたし達フィアンセだよ。それに・・・」
「何だよ。」
「・・・気付かない?・・・ショーンがこっち見てること。」
司はさりげなく後ろを振り返ると、大木の陰に隠れるように、ショーンがこちら側の様子を伺っている。
「ああ見えて、彼は結構嫉妬深い人間よ。さっきも司とあたしのこと、根堀り葉堀り聞いて来たから。」
「・・・そういう女々しいところ、和也に似てるな。」
「あたしもそう思う。」
2人はまた同時に笑うと、そのままゆっくりと歩き出した。
並んで歩いたまま、近況や友人のこと、仕事のことなどを話す。
途切れることのない会話の中で、滋がふと口をはさんだ。
「・・・今日、ありがとね。」
「・・・ああ。」
「2年前の司じゃ、考えられないことだね。こうやって、隣で歩くなんて思いもしなかった。」
「まあ、俺だって、こっちに来て伊達に苦労しているわけじゃないからな。」
「ますますいい男になったね。」
「おお。前からだけどな。」
「・・・惚れ直しちゃった。」
滋はそう言うと、司と組んでいた腕を解いて司の背後に視線をやる。
「あっ、またショーンが見てる。」
司がしょうがないといったように背後を振り返ってまた向き直ると、唇に何か温かいぬくもり。
一瞬、何が起こったかわからなかったが、少し頬を染めている滋を見て司は『やられた』と思った。
「お、おまえ・・・」
「今日は『1日だけのフィアンセをやってくれてありがとう』ということで、滋ちゃんのお礼の気持ちだよ〜ん。
・・・つくしには内緒ね。」
おどけたように赤くなったままで2、3歩司から離れた滋は、そのままUターンをしてパーティーの輪の中へ帰っていった。
嬉しそうな滋の様子に、司の抗議の気持ちも解けてなくなっていく。
「・・・ま、いいか。」
日本に帰るまであと2年―――。
空を見上げると、日本への方角に一筋の飛行機雲が走っている。
ちょっとだけ罪悪感を感じつつ、『不意打ちだからしょうがない』と一人納得し、
司は愛しい恋人がいる日本に向けて、行き場のない彼女への気持ちを目を閉じて送った。
fin.
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