あたしと彼の指定席。

待ち合わせをしてるわけじゃないのに、いつもと同じ時間に自然と足が向く。



「ひょっとしたら、今日はいないかもしれない。」

「会えたら、どんな話をしよう?」

英徳で唯一、あたしの心からくつろげる場所。


いろいろな思いを胸に秘めながら、あたしは彼へと続くドアを開ける。



「――――やっぱり、いた。」















非常階段
〜君がいる場所〜










「花沢類!」

つくしが勢いよくドアを開けると、壁にもたれている類が眠そうに目をこする。

「・・・ん、牧野?」

「あ、寝てたの?ごめん。」

「・・・いいけど。いつも元気だね。」

半分呆れたように言う類に、つくしがあははと渇いた笑いをする。

「まあ、それだけがとりえだけどね。花沢類こそ毎日ここで会ってる気がするけど、大学は出てるの?」

「・・・ん。ぼちぼち。」



道明寺がNYへと旅立ってから3ヶ月が過ぎた。つくしは高校3年生。
F3は大学1年生になり、新しい学年にもそろそろ慣れた頃だ。
類はつくしに宣言していた通り、大学生になってからも非常階段によく来ていた。

「西門さんや美作さんとは?最近見ないけど。」

「ん、知らないけど。多分女と遊んでるんじゃないの?相変わらず。」


やっぱりね・・・とつくしが苦笑するのを見て、類はどうでもいいといったように欠伸を1つすると、つくしを見て意味ありげに笑った。

「・・・司がいなくて、寂しい?」

類の思いがけない言葉に、つくしは図星だったのか赤くなって否定した。

「ぜ、ぜんっっぜん!平穏無事過ぎて、むしろつまんないくらいだわ。
西門さん達はきっと喜んでるだろうけど・・・。花沢類こそ、どうなのよ。」

「俺?俺は司がいてもいなくても、変わらないよ。
・・・でも、一緒にいた時間が長かったせいかな・・・。やっぱりなんか気が抜けるよね。
それはあいつらだって同じじゃないかな?」


「・・・そっか。花沢類達はつきあい長いもんね・・・」

つくしは少ししんみりとなると、足を投げ出して司がいるNYへと続いている空を見上げた。
目が覚めるような綺麗な青は、つくしに司がNYへ旅立った日のことを思い出させた。
青い空に飛行機雲で描かれた司らしいメッセージを、つくしは思い出して目を細める。


「今頃、道明寺、何やっているんだろ・・・。」

ぼそりとつぶやくつくしに、類が思い出したように声を上げた。

「・・・あ、そういえば。」

「何?」

「司にずっと口止めされて、牧野にずっと内緒にしてたことあるんだけど・・・。聞きたい?」

つくしは怪訝な顔で類を見ると、「ろくなことじゃないだろうけど・・・まあ、一応。」と言った。

「多分、牧野は知る権利あるはずだよ。」

そう言って類はつくしのそばに体を近づけると、小声で口止めされていた話を告白する。

「・・・1つ目は・・・司が記憶喪失の時、牧野が持ってたぬいぐるみあっただろ?」

「あ、うん。あのうさぎのやつね」

つくしの頭の中に、同時に楓の顔が浮かんだ。
自分の気持ちをどこに向ければいいのかわからなかったあの時。
正直、辛い思い出だけど、今なら少しだけ笑って話せるようになったと、つくし自身思えるようになった。

「司がね、あれ、NYに持っていったんだ。・・・これは偶然、俺が見たことなんだけど・・・
あいつ、俺に見られたと解った時、すっごく慌ててたよ。」

「・・・へぇ・・・あいつもそんなところあるんだ・・・よかった。」

類はさもおかしそうに、くすくすと思い出し笑いをしていた。
それにしても、あのぬいぐるみを持って行くということは、司の母親に対する考え方が変わりつつある証拠だろう。
心の底からは許す気はなくても、これからもあのぬいぐるみは司と母親を繋ぐものになるに違いない。

つくしはほっと吐息を吐くと、類を見た。

「1つ目ってことは、まだあるよね。何?」

「もう1つは、ほら、司のうちにいるネコみたいな名前のおばあさんから聞いたことなんだけど・・・」

「・・・タマさんね。」

「うん、そう。『つくしに話してやりな』って。
・・・・・・司と牧野。おばさんに認められたよ。」

「え?」

一瞬、何のことを言われているのか理解できなくて、つくしは目が点になった。
類はそんなつくしの様子を見て噴き出すと、笑いながらまた言った。

「あの『鉄の女』に、とうとう2人の仲を認めさせたってことだよ。」

「・・・ホントに?」

つくしは信じられないといったように、類をじっと見つめている。

「よかったな。」

類はにこっと笑うと、つくしの頭を大きな手で優しく撫でた。
そのぬくもりに、つくしの涙腺は我慢できずに緩み始める。

「・・・〜〜〜っ。ごめん。泣きたいわけじゃないんだけど・・・」

「うん。」

「でも、・・・止まらないよ・・・」

ぽろぽろとこぼれる涙を拭うつくしの頭を、類は優しく撫で続けた。
多分類にとっては複雑な心境になる話だろう。それでもこうしてそばにいてくれる類は、
つくしにとって恋人とまではいかないまでも、友達以上の存在だと言えた。


「・・・ただし、4年後だけど。」

ぼそりと類はつぶやくと、つくしを撫でる手の動きを止める。
つくしはそれでも・・・と首を振って涙を拭う。

「・・・でも、いいんだ。これであいつとの見えないつながりに、ちょっと自信持てたから。」

「そうそう、それでこそ牧野つくしだな。・・・んで、4年後までにこの辺も成長しなきゃね。」

類はニヤリと笑うと、つくしの胸のあたりをポンポンと叩く。
つくしはうわっと言うと、胸の部分を押さえて類からのけぞって離れた。

「・・・〜〜花沢類って、そんなキャラだったっけ?」

先ほどの涙はどこへやら、つくしは警戒したように類を見ている。

「え?何をいまさら。・・・気付かなかった?」

しらっとそう言う類の様子に、つくしは『信じられない』と少し呆れながら、スカートに付いた埃を払い落とすと笑って立ち上がった。

NYに続く空にはぽっかりと白い雲が1つ浮かんでいる。

これから何度も非常階段に来るだろう。そしてそこにはいつも、花沢類がいるに違いない。


―――4年後、道明寺が迎えに来るまで、あたしは何度この人に助けられるのだろう?


穏やかな瞳でつくしを見つめる類に、つくしは近付くと頬に軽く触れるようなキスをした。

びっくりして目を丸くしている類に、『らしくないことをした』と、頬を真っ赤に染めたつくしは照れ隠しに背中を見せて叫ぶ。



「・・・ただ何となく、感謝を表したかっただけ!じゃあね!!」




勢い良く非常階段から走り去る彼女の後姿を類はぽかーんと見送ると、やがてくすくすと笑い始めた。


「・・・だから、あいつといると飽きないんだよね。」


つくしが触れた頬を撫でながら、そうつぶやくと類は空を見上げた。
さっきまであった雲は、ゆっくりと2つに分かれつつある。




4年ぶりの再会があったとして、その時自分はどんな風に2人を見るのだろう。
牧野に対する気持ちは?司に対する嫉妬は?それとも、それまでに・・・・・・。




「・・・どうなるかわからない・・・か。」




温かい日差しに、類は壁にもたれるとやがてうとうととなり始めた。優しい風が頬を撫でる。


何となくすっきりしない自分の気持ちを忘れるように、類は目を閉じると夢の中へ落ちて行った。





fin.











非常階段編、完結〜。ゆっくりと日をかけて書きました(時間がなかったので)。私がこういう話を書くと、中途半端な甘い?話になります。
しかし、やっぱりここでつくしと類が進展しないのは、私がつくし×司派だからでしょうか。原作では、連載当初はつくし×類になるはずだったん
ですよね・・・。ぼんやりしているくせに、その存在はぴりっと結構辛口な花沢類。花男に欠かせないキャラだと思います。(2004/03/11)


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